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孤狼の血のsanbonのレビュー・感想・評価

孤狼の血(2018年製作の映画)
3.9
正義を形づくるものは"体裁"か"信念"か。

今作は、ヤクザが一番ヤクザしていた昭和後期を舞台に、素行は悪いが敏腕なマル暴「大上」と、キャリア組のエリート新卒「日岡」の凸凹バディによる、警察対極道の命懸けの攻防を描いたクライムサスペンスである。

そして、昭和時代の「東映」ロゴから始まる今作は、ナレーションからなにから「東映実録モノ」を嫌でも彷彿とさせる作りにもなっており、東映がこれまで積み上げてきたヤクザ映画の歴史に対するリスペクトがふんだんに込められているのを感じられるのも、映像としてとても面白かった。

ところで話は逸れるが、おっさん同士の罵倒交じりの怒号が飛び交う中、相手を出し抜かんと様々な思惑が交錯しあい、終いには食った食われたの暴力沙汰に発展していく、こういう策謀渦巻く「ノワール」映画を観ると、ドラマ「半沢直樹」が何故面白いのかがほんとによく分かる。

半沢直樹って、最後「大和田常務」に土下座させて終わったけど、あれって殺しや暴力を別の表現に置き換えただけで、展開や構成はほとんどヤクザ映画みたいなものなのだ。

要するに、腹の探り合いのような頭脳戦の側面もありながら、映像作品だからこそ活かせる誇張や外連味をこれでもかと味わえるところが半沢直樹とヤクザ映画に共通して言える点であり、それが今作でも見どころの一つとなっている。

特に、"見せなくても成立するもの"をちゃんと見せてくれているのは実に嬉しいところ。

それこそ、豚が糞をひねり出す映像から始まる映画なんてこれまで観た事ないし、この映画のノリを告知するには絶大な効果を発揮する導入だったとは思うのだが、本来こういう"映像美術"というものは、極端に予算の少ない邦画界においては、真っ先にコストカットの対象となってしまいがちなものであり、編集と演出次第では映さなくても特に問題なく成立してしまうものを、今作は敢えて惜しみなく映像で表現してくれている。

※ここからはネタバレしています。

中でも、大上の水死体は格別のクオリティであり、昨今のそれは予算の問題なのか、ただ血色が悪いだけでまるで寝ているだけのようなビジュアルのものが多い中、今作の土左衛門はちゃんと腐敗ガスで膨張したおぞましい姿が作りこまれており、その役がたとえ「役所広司」であろうと綺麗に見せようなどとは微塵も感じさせない、忖度抜きの美術監督の技を拝むことが出来る。

そしてなにより「孤狼の血」のタイトルの持つ意味を理解させるストーリー展開は、まさに圧巻の一言である。

それは、大上が戦っていた本当の敵の正体が明らかになる時、新米刑事である日岡の抱く理想(幻想)と、大上が振り撒いていた悪辣な印象を"急転直下"の如くガラッと覆して見せる終盤にこそ集約されている。

今作を観た人は、すべからく「正義とはなんだ?」という疑問に駆られる事に違いない。

何故なら、大上の行いはまごう事なき"絶対悪"なれど、秩序や均衡を保つ為には欠かす事の出来ない"必要悪"でもあり、それは決して"真っ当な警察官"という綺麗ごとの上では成し得ることのできない存在意義を示しているからに他ならない。

警察官だから何をしてもいい、治安を守るためならどんな手段も厭わないという理屈なら、それは肩書きと目的が違うだけで"基本理念"は最早ヤクザのそれとなんら変わりはなく、その理論に基けばヤクザだって海外マフィアなどの犯罪カルテルの日本進出に歯止めを効かせる抑止力にはなっているのだから、治安維持の役目を少なからず担っている必要悪と言える。

だからこそヤクザのような存在も、一概に淘汰するのではなくそういったパワーバランスを裏で操れる存在が必要となるのだ。

しかし、その舵取り役を警察という立場に身を置きながら務めるのはあまりにも危険が伴う行為であり、大上はヤクザという敵と付かず離れずの絶妙なバランスで日夜相対しながらも、背中は本来身内である筈の警察という、また別の敵からの脅威に晒され続けていた。

そして、その別々の敵同士で"利害"が一致してしまった時、大上には悲劇が訪れる事になる。

「広島県警」と「仁正会」は、実は裏ではズブズブの関係にあり、共通の邪魔者である大上の排除を目的とした"犯罪の見逃し"に、正義の使者である筈の警察があろう事か加担していたのである。

こうなってくると、なにが善でなにが悪なのかが全く分からなくなってくる。

一皮剥けば、所詮は皆"根本"は同じである事を痛感させられる。

自分の身可愛さに、保身の為ならなんでもやれてしまうのが人間という生き物であり、そこに立場の垣根などある筈もなかったのだ。

この時、日岡は警察官という職に就いた事を心底後悔し、心底己を恨んだに違いない。

そして、そんな自分の存在価値を見出す為には、群れの中一人孤立し、四面楚歌の中にあっても懸命に信念を貫き通した「狐狼の血」を引き継ぐ事しか選択肢は無かった。

このように、日岡が覚悟を決め、覚醒する動機付けも完璧なものであったし、"血を引き継ぐ"という言葉にするにはあまりに重過ぎる事柄を表現するのには、これ以上ない程に相応しいストーリー展開であったと思う。

「LEVEL2」という最新作のサブタイトルが好き過ぎて興味を持った本作であったが、これは次作が益々気になる超良作であった。

近々、LEVEL2も今度はちゃんと劇場で鑑賞してくるので、感想があがった際はまたどうぞご贔屓に。
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