ariy0shi

名前のariy0shiのレビュー・感想・評価

名前(2018年製作の映画)
3.9
理想とする自分と、現実の自分との間には常にギャップがあり、その開きを「コンプレックス(劣等感)」と呼ぶ。誰しもそのズレに苦しみ、なかなか自分を受け入れることができないということは、現代人の宿痾と言っていい。

この映画のテーマは「自分とどう向き合うか」。過去の悲しく苦しい経験から逃れようと、別の名前と人格で生きることとした男と、強制的に大人になることを背負わされた女子高生が、「本当の自分とは」という命題にぶつかり、苦しみもがきながら答えを探そうとする姿が描かれている。

過去を消し去り別の人間として生きるということは、苦しみを回避する狡猾な手段と言えるのだけど、騙し騙し生きることもまたつらいこと。仮構の自分とは、極めて脆弱な存在なのである。

劇中、チェーホフの『三人姉妹』の一節が出てくるのだが、これが意味深だ。

「やがて時が来れば、どうしてこんなことがあるのか、なんのためにこんな苦しみがあるのか、みんな分かる。でもまだ当分は、こうして生きていかなければ」

本当の自分を受け入れるということは、とても苦しいもの。でも、時間が解決してくれるものでもある。

時が来れば分かるはず、だけど、当分はまだ苦しい。
その苦しみの先にあることがなんなのかは、映画を観たひとそれぞれだろうけど、自分なら「幸せ」と答えるだろう。幸せは、いい部分も、そうじゃない部分も併せ持った、自分という人間と折り合いをつけることで生じる、心の平穏だと思うからだ。

津田寛治が演じる中村正男と、駒井蓮による女子高生・葉山笑子、その擬似的な父娘の描かれ方が絶妙に過ぎて、心底娘が欲しくなった。両人の名演によるところも大きいだろう。

そして、人生に行き詰まった中年男を救うのは若い女性という、再出発ものの盤石の構図が、この映画にもあるのだった。
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