TOSHI

バンコクナイツのTOSHIのレビュー・感想・評価

バンコクナイツ(2016年製作の映画)
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2月の公開時に観逃したが、下高井戸シネマで上映していた。「サウダーヂ」で地方都市を描いた富田克也監督が、タイの日本人向け歓楽街を描いている。
バンコクの、日本人向け歓楽街タニヤ通り。地方から出稼ぎに来ているラックは、人気店のナンバーワンになり、パトロンにあてがわれたマンションでヒモの日本人と贅沢な生活を送る一方で、故郷に仕送りをしていた。ある晩の裏パーティーで、ラックはかつての恋人・元自衛隊員のオザワ(富田監督が演じる)と5年ぶりに再会する。
オザワはバンコクで名は通っているが、悪どいビジネスをしている日本人達と距離を置いている。またラックを愛しているが、貧困まで背負う程の覚悟はなく、ネトゲで小銭を稼ぐ、根なし草の沈没組とも言える。他の日本人達が、野卑な振る舞いをしながら、タイ語を解さず日本人だけで固まって生きる様も、見ていて気持ちの良い物ではない。日本人から見たバンコク、バンコクから見た日本人が、薄汚い面も含めてリアルに描かれている。これ程、日本映画で外国がリアルに描かれた事はないのではないか。歓楽街に蠢く人達の、息遣いまで伝わってくるようだ。
約3時間の長尺だが、テンポや映像の質(グラグラの画像も、ハッとする美しい映像もある)にメリハリが効いていて飽きない。トゥクトゥクで走るシーンが、非常に格好良く撮られているのが印象的だ。(タイ女性のセリフに出る、~ずらという甲州弁の字幕には笑う)。 
オザワはかつての上官・富岡に、ラオスでの「日本人向け現地妻付き介護老人ホーム」建設のため現地調査を依頼される。ラオスとの国境の街・ノンカーイが故郷であるラックも同行するが、道中、奇妙な空気感になる。オザワは殺された反体制派詩人や、夜のジャングルを駆けるベトコンたちの幽霊と遭遇するが、熱帯の中の悪夢のような冷感に、ゾクゾクした。
オザワはラックにノンカーイで一緒に暮らす事を提案するが、母親が覚醒剤に溺れるなど家族に問題を抱えており、彼女はまだまだバンコクで稼がなければいけないのだった。
オザワがラックの家族と別れ入って行くラオスは、ベトナム戦争での爆撃跡が手つかずで残っている“闇の奥”で衝撃的だ。
再会した二人は以前に訪ねた島へ行くが、母からオザワとの関係に理解を得られなかった事やヒモの男の浮気、パトロンからマンションを追い出された事等に絶望していたラックは、泳げないのに海に入り自殺しようとするがオザワが助ける)。浜辺のシーンが、堪らなく美しかった。
ラストは、オザワが何者にもなれず誰も救えなかった自分を悔い改め、バンコクで腰を据えて生きていく事を暗示しているように思えた。
※エンドロールの、本作のような作品には異例のメイキング映像に驚く。

物語を支えるバックグラウンドのスケールに、圧倒されたが、バンコクを舞台に日本に居場所がない日本人を描く事で、結果として現代の日本が浮き彫りにされており、世界観や表現力において、世界レベルで見ても先端的な作品だと思う。空族の作品はソフト化されないため、まだ観ていない人は、上映があれば逃さず観てほしい(東京では、明日からキネカ大森で上映)。今年の映画を語る上で、欠かせない一本だ。
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