きまぐれ熊

この世界の片隅にのきまぐれ熊のレビュー・感想・評価

この世界の片隅に(2016年製作の映画)
4.6
8月中に観たいな〜と思ってたので滑り込みで。

良い文章、特に随筆の語り方に似ているな、と思った。
漫画版から印象的だったのが、ストーリー自体よりもその語り方。

漫画版はその特徴的なストーリーテーリングが苦手で読むの途中でやめちゃったんだよね。
その理由が本作を観てやっと分かった。

演出が縦の導線の為に使われていないくて、ひたすらに各場面を解像度高く切り抜く方向に注力してる。
だから一体どんなストーリーなのか、ってのが序盤では掴めない
絵日記を模した断片的な場面描写がずっと続くのが焦れったかった訳だ

この映画、多分2回観たほうがいい

情景描写の情報量が多すぎて取りこぼしが多かった事に気づける。密度が高い。
実は重要な情報がさらっと流されていたりする
メインのすずによる縦のラインは追えても、周辺のキャラクターが綴る横のラインが非常に膨大
どうしてそんなに横のラインを追うのが大変なのかといえば、この作品がすずの絵日記を基にした、断片的な描写の連続で成り立ってるから
背景に流れる事象があっても、それを細かく拾い切れない方が人生において普通の事だ
むしろ後から、そうだったんだ〜、となるのが人生においては味わい深かったりする

なのでこの映画は2回観たほうがいいと言うわけ

一点アドバイスがあるとすれば、字幕で観れるネトフリの方がいい
方言が拾い切れなくて断念した箇所が2、3箇所あったのが残念

ストーリーの語り方に戻ろう
断片だけを切り取ってファクトをひたすら積み上げている
合間の過程や感情の揺れ動きはいちいち説明してくれないんだよね
叙情は最低限にして、代わりに情景描写をぎゅうぎゅうに押し詰めることで何かを迫ってくる
事実の積み上げを重視し、行間を読ませる事で制作者のメッセージを伝えてくるのは、言ってみれば随筆的で、優れた文章の書き方そのものだと思う

答えを押し付けないので受け手が主体的に読み解くことができる
つまり各々で勝手に感動のブーストを上げてく訳だ
そうすると受け手によってメッセージがブレる事が懸念されるけど、てんでバラバラになるかと言えばそうでもない
断片の切り取り方には必ず編集が入るので、思想は少なからず伝わる

この作品の凄いところがそこで、編集点の打ち方が天才的なんだよな
どこを描いてどこを描かないか
語る事よりも削る事で悲しさを、演出よりも編集でストーリーを語ってくる

特に情景のディティールが凄まじくて、
教室で鉛筆の削りカスを捨てる穴や、
空襲の爆音で気絶する大量の魚、
配給当番制の主婦コミュニティの描き方や爆撃に対する講習、
耳から大量に溢れる蛆など、
これ見てきて書いたんですか?ってレベルの解像度で満たされてる
削ぎ落とした感情表現の代わりに細部の描写がギチギチに詰まってて、ファクトによるメッセージの強度を高めてくる

なのでこの作品、
描写の行間を読む語彙が増えれば増えるほど、人生経験を積めば積むほど、凄みを増してくる映画なんだと思う

個人的なお気に入りポイントは、
・まな板ヴァイオリン(ベタかも)
・頭を撫でる周作の手は何度も跳ね除けるのに、哲の手には一切抵抗しなかったすず
・刈谷さんの人間強度と、実は出征前の姿が映ってる刈谷家息子(こういう伏線が大量にあるので見返すのが面白い)

リンさん関連の描写が中途半端で蛇足感があったので、しっかり捕捉されているらしい「さらにいくつものver」も近いうちに観たい(長いけど)

ちなみにこの作品が刺さる人はニュクスの角灯や扇島歳時記もぶっ刺さると思うのでオススメしておきます
きまぐれ熊

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