るる

スポットライト 世紀のスクープのるるのネタバレレビュー・内容・結末

4.1

このレビューはネタバレを含みます

聖職者による未成年への性的虐待ってよく聞く題材じゃん(神父…もそうだけど、日本における稚児趣味とか)、それがなんで2000年代になって世紀のスクープになるの、と思っていたのだけれど、

なるほど、ここまで信仰心が絡むのか、ムラ社会というか共同体を秩序立てる基盤のひとつが教会なんだ…と合点がいった、

同時に、日本のムラ社会っぷりを考えてしまって反吐が出そう。もーやだ。

徐々に実態が明らかになっていき、共感や悔恨が湧き上がり、嫌悪感を募らせてしまうつくり、本当によくできた脚本。

サバイバーが子供と公園で遊びながら日常を営んでいたり、日曜日の会社に局長が出社しているのが遠目に見えたり、映り込む人々の描写もうまい。二時間、釘付けにされる、作品賞受賞も納得。

ただ、近所に小児性愛者の疑いのある人間がいるからと警戒する描写は…権力を背景に示談を獲得し犯罪者になることを免れた加害者という意味で、悪質だし、加害者を擁護する気はサラサラないが、

作中でも少し触れられていたように、加害者にも性的虐待された過去があって、倫理観や認知の歪みにより性的虐待に走る、負の連鎖に陥っている者もいるわけで、

被害者のケアはもちろん必要だし、被害者予備軍の保護も必要だが、加害者にもケアが必要だし、強姦事件の問題の根深さは尋常じゃないし、

それを引き起こしているのは被害者や加害者予備軍を取り巻く「普通の人々」からの偏見の目だろうし…

モヤモヤするんだ…作中で、記者も決して正義ではないと明らかにされてるけど、被害者のプライバシーや弁護士の職務にずけずけと踏み込んでいく姿は肯定しきれるものではないと思う、

でもだからこそ、神父ひとり、枢機卿ひとりではなく、教会全体を告発して問題の根深さを明らかにして、根元を根絶させようとしたスクープの意義は大きいし、

さらにその告発の過程を明らかにしたこの映画の意義は本当に大きいと感じた。日本でももっともっともっと話題になってもいいのにね…

ひとつ、気になるのが、男性客の共感を呼ぶために苦心された作品だなと感じたところ。

強姦事件の被害者は女性だけではないのだ、という主旨だと思うのだけれど、そうだよ!?今更なにを!という気もして…

「俺たちは運が良かっただけだ」この台詞、女性は人生の中で一度は実感したことあると思うんだよね、そうなんだよ!?って、そのへんの乖離をなんか、ちょっと、感じてしまって…

女性記者役のレイチェル・マクアダムスあたりに、成人男性が成人女性を強姦する「普通の」強姦事件とどう違うのか、被害者が子供だから残酷なのか、権力を持った成人男性がマイノリティで立場の弱い同性愛者の少年を標的にするからかわいそうなのか、マイノリティがマジョリティである異性愛者の少年を性的虐待するから許せないのか、聖職者だからダメなのか、神や民衆を裏切ってるから罰されるべきなのか、違うだろ、なんにせよ人の尊厳を踏みにじることはダメだろ、隠蔽されていいことじゃないだろ、という当たり前の正義を、言葉にして欲しかった気がする…

でも、よくできた映画なのは間違いない。変人弁護士の誠実さが良かったし、記事を見た被害者からの電話が殺到する、救いを求めていた人がこんなにいたと明らかになった、この映画をきっかけに、更に救われる人がいるかもしれないと思えば、本当に意義のある映画。

マーク・ラファロが良かったな。

ミステリサスペンスの趣がありつつ、抑えた演出で良かった。でも音楽と、かかるタイミングはいまいち好みじゃなかった。

priestという単語が耳に残る。全ての神父が悪ではない、ということにも言及してほしかったが、相手が神であろうとも疑え、という警句なのだろう、そう考えれば、重い映画。

でもなあ…それならなおさら、相手が神父というだけで恐怖を感じてしまう、教会を見るだけでトラウマが甦ってしまう、例えば狭い部屋が苦手だ、男性インタビュアーは嫌だ、などなど、神父を、神を信じられなくなることの意味を、苦しむサバイバーの姿を、もっともっと強烈に突き付けてほしかった気もする…

神父が神父をかばうから神父を信じられなくなる、弁護士が加害者を過剰に擁護するから弁護士を信じられなくなる、神が悪徳神父を罰さないから神を信じられなくなる、罰すべき悪を罰さないことの意味を、もっともっと突き付けてほしかった。

いや、十分伝わってきたけどね! こういう事件は、つらい。
るる

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