カポERROR

きみはいい子のカポERRORのレビュー・感想・評価

きみはいい子(2014年製作の映画)
4.2
【根性焼きのない世界で】

本作、虐待・いじめ・障害・認知症といった”これでもか”と言うくらい〖重いテーマ〗を扱った作品ではあるのだが、その実、作り手の〖ポジティブな力強いメッセージ〗が詰まった素晴らしい作品だった。
例えるならば、真っ暗闇の中に差す眩しい一条の光を、丹念に丹念に愛情を込めて描出したような作品である。

負の感情や負の境遇を生み出すのが人ならば、そんな負の連鎖を断ち切るのも他ならぬ人である。
人の心の救済は決して奇跡や偶然によるものではなく、人の意志で…そう誰もがその手で行うことが出来るものなのだ。
主人公 岡野匡の幼い甥っ子が、その小さな手で匠の折れた心を優しく撫でて癒したように、生きとし生ける全ての人が、他者の心に寄り添うことが出来たなら…。
人を抱きしめたその手は、どん底に沈む人の心を優しさですくい上げ、そして救われたその人の手が、また別の苦しむ人の心をどん底からすくい上げる。
そうして無数の温かい抱擁が、世界中の苦難に喘ぐ心を包み込む包容となるではないか。
私は、真正面からそんな希望を語るこの美しい作品と出会えたことに、心から感謝したい。

そして本作にはもうひとつ…特別な思い入れがある。
池脇千鶴演じる大宮陽子が、尾野真千子演じる水木雅美を抱きしめる作中屈指の名シーン。
二人は幼い頃、親から虐待を受けていた。
陽子の首筋と、雅美の手首には、互いに火傷跡が。
私はふと思い出して、涙でぼやけた視界の中、何年かぶりに自分の左手の甲に目を落とした。
そこには、数十年前、タバコを押し付けられてついた丸い火傷跡があったのだ。
私の場合は親からではなく、他人から受けた暴力の印だった。
その当時、根性焼き等と呼ばれた残酷な行為。
だが驚いたことに、昔はくっきりとついていた円形のツルツルとしたケロイド跡は、半世紀以上生きて刻まれた無数のシワとシミとで、もはや他の皮膚と区別がつかなくなっていた。
外観だけではない。
あれほどの苦痛と悲しみの記憶を、私は本作のこのシーンを観るまで、もう何十年も忘れていたのだ。
愕然とした。
かつて紛れもないトラウマだったあの時の記憶を思い出そうと、自分が歩んできた道のりを振り返る。
そこには…タバコの火を何秒も押し付けられた凄惨な光景ではなく…泣きじゃくる私の手に包帯を巻きながら、優しく語りかける恩人の姿があった。
人が人を救う。
そして誰だって再生出来る。
本作が伝えようとしていた大切なメッセージ…それは、私自身がこれまでの長い人生で、多くの恩人に抱きしめられて経験してきた救済の真理に他ならなかった。
私は思い切り泣き崩れた。

─ ─ ─

時代と共に今では嗜好する者も激減した紙タバコ。
喫煙場所もめっきり減って、多くの喫煙者が電子タバコや加熱式タバコに乗り換えていった。
紙タバコのタバコ葉燃焼温度は460℃。
一方、加熱式タバコのタバコ葉加熱温度は、セルロースの発火温度より低い100〜250℃。
仮に吸っていた加熱式タバコを引き抜いて加熱部を人の皮膚に押し当てるような酔狂な愚か者がいたとしても、紙タバコの時のように短時間で重篤な火傷に至ることはほぼない。
かつて、いじめや虐待の残虐な手口であった紙タバコによる根性焼きは、この世界からなくなろうとしているのだ。
それなのに…

…毎日のように報じられる弱者への陰惨な虐待は、一向になくなる気配がない。
屈辱と苦痛の紋章が、タバコの火傷痕から他の凶器の爪痕に置き換わっただけ。
人の持つ闇は決してなくならない。
だが、そうした蛮行がこの世界からなくならなくとも…苦しむ人たちに寄り添うことは出来る。
私達一人一人が、手を差し伸べることは出来る。
どんな暗闇にだって、一条の光を灯すことが出来るのだ。
本作は、私にそんな尊い教えを説いてくれた稀有な作品である。
是非、一人でも多くの方にご覧頂きたい。
『きみはいい子』は現在、U-NEXT、FOD、Hulu、DMM TVで見放題配信中。
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