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パンドラ ザ・イエロー・モンキー PUNCH DRUNKARD TOUR THE MOVIEのKKMXのレビュー・感想・評価

3.8
 1998〜1999年に行われた、日本のロックバンド『ザ・イエロー・モンキー』の113本のロングツアーを2013年から振り返るドキュメンタリー。
 このツアーはあまりにもハードで、これ以降イエモンは疲弊し、活動休止〜解散という道を辿りました。

 ツアー中のボーカル・吉井和哉の顔はなんとも痛々しいものでしたが、2013年の吉井和哉は軽妙なオッサンになっており、今の顔の方が100倍魅力的でした。当時は完全に追い詰められていたように感じます。


 そもそも、イエモン失速の根源は1997年第1回フジロックの失敗でした。これは吉井和哉本人も言ってます。
 バンド名からして元々洋楽へのコンプレックス丸出しだった吉井和哉。洋楽リスナーに俺の音楽を叩きつけてやる!と意気込んで活動していたフシがありました。そんな吉井がフジロックの出番前にフー・ファイターズやレイジの音を聴いて完全にビビりが入り、選曲も含めてステージで失敗してしまいます。そして、吉井は当時の洋楽ファンに失望されたと感じたようです。第1回フジロックの楽屋の風景が本作に収められていましたが、吉井和哉の顔が追い込まれすぎていて痛々しい。
 そのトラウマを克服できない吉井は『海外のバンドは長期ツアーをするので、イエモンも同じことをやって洋楽に近づく!』と意気込んで始めたのが本ツアーでした。この動機からしてすでに成功する可能性が低いですね。コンプを相対化できずに振り回されて突き進むとたいてい破滅です。

 長いツアーで疲弊していくバンドですが、ギタリストなんかはケロっとしていて、当たり前ながら個人差があるようでした。ただ、イエモンは吉井のメンタルが絶大な影響力を持つバンドなので、全体的には痛々しいです。
 さらに、吉井の妻がメンタルを崩してツアーに同行したり、後半の公演で「このツアーは失敗でした」とMCしたり、若いスタッフが事故死したりと本当に苦しそうでしたね。


 21世紀に生きる未来人として本作を観ると、洋楽コンプレックスというのが実に20世紀っぽいな、と感じました。個人的な体験だと、90年代の中頃までは洋楽派と邦楽派は割と棲み分けされていた印象です。BOØWYあたりをルーツにするバンドはあんまりコンプはなかったと思いますが、洋楽好きでバンドをやっていた人たちは邦楽っぽくならないように色々と工夫していた印象です。
 しかし、90年代も末になると、ハイスタやミッシェルのように洋楽コンプを克服して、文字通り洋楽ファンとの垣根を超えていったバンドがバンバン出てきました。そんな時期に、吉井和哉は昭和っぽい洋楽コンプと1人で戦っていたようです。

 ただ、本作を観る限り、吉井和哉はおそらくロックに憧れていたが、本質は歌謡曲の人かな、と感じました。おそらく本人にも自覚があり、だからロックへのコンプレックスが強いのかもしれません。
 この男、ツアーの最終日に楽屋でかける音楽が宇崎竜童なんですよ!例えばミッシェルやブランキー、ハイスタやブラフマンだったら宇崎竜童聴くかね?椎名林檎ならば聴くだろうけど、たぶん吉井とは意味合いが異なる。吉井より年上ながらも21世紀のバンドと言えるCKBの剣さんだったら、むしろ宇崎竜童を積極的に「イイネ!」と言って嬉々として聴くだろうけど、これはもっと意味が違う。
 林檎は血肉化していることをフラットに捉えて何も気にしないだろうし、剣さんはそれを対象化して面白がるだろう。つまり、歌謡曲好きがコンプレックス化していない。

 つまり、上記で例に出したミュージシャンとは異なり、吉井は歌謡曲ルーツというドメスティックな血に囚われて、どことなく後ろめたさを感じていたように思います。イエモンの楽曲はそもそもUKとかUSとかと根本的に異なった歌謡ロック。こんなに昭和入った音楽やってるのに、その個性を心から肯定しきれずもがいていたのは気の毒でした。これだけムード歌謡が自らの血に流れているのに『歌謡曲が俺のルーツ!俺たちが日本の歌謡ロックバンドTHE YELLOW MONKEYだ!』と堂々と行けなかったのが、とにかく不幸だったなぁと思います。
 そして、21世紀になると、この手のメンタリティは過去のものになっていったように感じます。その意味では、吉井和哉は昭和の呪いに縛られた最後の20世紀ロッカーだったと思います。


 ツアー最終日のラスト曲『So Young』は傷つき疲れた青春を肯定し、大きく包み込む曲です。この曲を歌う1999年の吉井和哉は、現在を生きる吉井和哉に届けているように感じました。大きな痛みの中、厳しい青春を生き抜いた20世紀の吉井和哉ですが、それはとても尊く、価値のあるものだったと思います。


誰にでもある青春
いつか忘れて記憶の中で死んでしまっても
あの日僕らが信じたもの
それは幻じゃない
So Young
(So Young / THE YELLOW MONKEY)
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