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茄子 スーツケースの渡り鳥のKKMXのレビュー・感想・評価

3.8
*後半に別の映画(アメリカのソウルシンガーのドキュメンタリー:日本未公開)の感想文アリ


 『茄子 アンダルシアの夏』の続編。舞台はアンダルシアから日本になり、テーマも主人公ペペの葛藤から自転車レーサーたちが抱える葛藤にシフト。また、全体的にレース中心の作風になりました。個人的な好みでは前作に軍配が上がりますが、これはこれで面白かったです。

 あと、舞台が日本になったからか、脇役のキャラクターがポップになってました。ペペのチームのボランティアスタッフ(?)であるヒカルちゃんは健康的なかわい子ちゃんで、劇に華を添えておりました。


 劇中では「永遠に楽にならない」と言った台詞も語られ、世界を回りながら安らぎなく戦い続けるレーサーの厳しさが伝わってきました。また、決して勝てないのが年齢の壁。劇中でも伝説的なレーサーのマルコが冒頭で自殺したり、ベテランの大物レーサー・ザンコーニがその壁に対して静かに苦闘し、自分なりの結論を下すシーンも描かれておりました。それでも戦い続けるアスリートの業の深さがなかなか凄かったです。

 それ故か、前作以上に神的なものの描写が目立ちました。ザンコーニはレース前に、主人公ペペと相棒チョンチはレース後に日本の寺院を訪れます。巨大な観音菩薩像も印象に残りますが、本尊である千手観音像からはさらに深いものが伝わってきました。
 人には限界があり、運命があります。これはどうあがいても越えられない。しかし、越えられないからこそ、己を知り、その枠の中で自らの生の意味を求めて葛藤し闘い、自分を生き抜くのではないか、と考えています。そして、その生き抜く闘いを見守る存在が神なのではないか、と本作を観て感じました。そういう意味では、敬虔な気持ちになりました。

 そして、自らの運命と対峙し、ベストを尽くして自らを生き抜く者に、稀に神は大いなるプレゼントを与える時があるように思います。
 そして、これから語るもう一つの映画感想文は、そんなプレゼントを得た1人の男のドキュメンタリーです。フィルマにはないため、こちらにダブル感想文として書きます。はっきり言って茄子の感想文はオープニングアクトであります。





*もう一つの感想文

【Charles Bradley: Soul of America】
(2012)
(日本未公開)
⭐️⭐️⭐️⭐️
✨✨✨✨✨✨✨4.7


 62歳(!)でデビューしたソウルシンガー、チャールズ・ブラッドリーのドキュメンタリー。チャールズは日本においてほとんど知名度はなく、本作も日本語版が存在しません。しかし、本国ではそのハンパない苦労人ぶりと超ソウルフルな歌声でかなり知名度は高い様子です。惜しくも3年前に亡くなってしまいましたが、本作はチャールズの存命中、というかデビューまでの道のりを描いた作品でした。

 俺がチャールズを知ったのはつい最近。後輩のポストロックバンドのフロントマン、テリーが「KKMXさん、チャールズまじで最高っすよ!」と勧めてくるので、試しにYouTubeで彼の曲『Why Is It So Hard』を聴いたら、一発ですよ一発!一発でヤラれました!一直線に魂に響いたのです。虚飾一切なしの剥き出しの魂。まさにソウルミュージックでした!そこには痛みや悲しみだけではない、あたたかく肯定的な響きも感じ取りました。チャールズは、これまで生きてきた深い悲しみだけでなく、大いなる喜びと感謝を歌に込めているのだ、と直観したのです。

 そしてこのドキュメンタリーをYouTubeで鑑賞。日本語字幕はついておらず、自分は英語がサッパリなため、自動翻訳字幕(スマホは無理っぽかったですがPCなら設定可能でした)を利用しました。正直、グーグル翻訳レベルなので細かいニュアンスはわかりませんが、チャールズの苦難の人生と、それを生き抜いた素晴らしい人柄は伝わりました!


 チャールズはニューヨークで育ちました。母親は男を作ってチャールズの元を去り、チャールズは祖母や兄たちに育てられたようです。そのためか、ほとんど教育を受ける機会はなかったようです。
 その後母親と暮らすも、折り合いが悪く家出し、若くして少年ホームレスのような生活を送りながら米国各地を放浪するチャールズ。そんな彼の支えはジェームズ・ブラウン(以下JB)でした。チャールズもJBのようなシンガーを夢見て音楽活動にチャレンジするもうまくいかない。やがて彼は職業訓練校で調理を学び、料理人として生計を立てるようになりました。それでも彼の所得は低く、安らぎのない流浪の人生を長く送ることになります。しかも弟が事件に巻き込まれて亡くなったり、自分を捨てた母親を引き取り世話をする等、チャールズの人生は重い!妻や恋人が一切登場しないところを見ると、パートナーにも恵まれなかった様子も窺えました。
 やがてチャールズはJBのモノマネ芸人としてライブをこなすようになり、どうやら50を過ぎてやっと安定した音楽活動を送るようになったようでした。そこでデビューのきっかけを掴み、彼の歌を愛する者たちの協力を得て1stアルバムを作成することになったのです。


 チャールズの凄いところは苦難の人生を送りつつも、なんか明るいんですよ!もちろん1stアルバムリリース直前の話だから、チャールズもイケイケな気持ちになっている面もあるでしょうが、鬱屈がない。

 何より一番ビビッたのは、自分を捨てたはずの母親を嬉々として世話しているんですよね!愛情たっぷりなのが伝わってくるレベルです。母親もすげえチャールズを愛しているのが伝わる。
 チャールズと母親の仲の良さは序盤から描かれていて、きっとチャールズは母に愛されて育ったからあたたかな人柄なんだなぁ…と想像していたが、違った!そんなヘヴィな過去があるとは思えないあたたかな関係なんですよ。いやなんかマジで、圧倒的な赦しパワーを感じて、言葉を失うレベルで感動しました。これはホドロフスキー師匠もびっくり仰天のレベルです!

 ドキュメンタリーを観ていると、一事が万事こんな感じで、チャールズは自分の良心に誠実なんですよ。若いころも荒れている様子はなく(ドラッグは怖くてやらなかった的なことも言っていたような)、苦しくても負のエネルギーに圧倒されない様子が感じられました。もちろん長い歴史があり、しかもほとんど報われなかった人生なので当然激しい葛藤はあったのでしょうが、ここで描かれているのはサイコマジックを完了させたひとりの偉大なる男でした。それが凄い!すべてにおいてオープンでリベラル。激しくなく、しなやかで明るく、感謝に満ちています。こんなに素晴らしい男が存在するのか!そこに俺は感動しました。
 彼の学力は小学校1年レベルだそうです。この当時は家庭教師に読み書きを習っていました。子ども用ドリルを嬉々として勉強するチャールズの姿が最高にイカす!家庭教師曰く「チャールズが頭の中にある歌詞をスムーズに書けるようになるには勉強が必要」とのこと。なんかいろいろスゴい。そして確かにチャールズの歌詞はシンプル。しかしものすごく刺さる。


 チャールズの成功は、下積みの長かった人の苦労が報われた、というシンプルなものではないように感じました。彼は長い時間をかけて自分を生き抜いて、世界を圧倒的に肯定するレベルに至ったのでしょう。そして、その肯定力が歌声となり、その歌声はキャッチされるべくしてキャッチされ、世界に紹介されるに至ったのだと感じました。

 彼は敬虔で謙虚。信仰心も厚い様子が感じられました。きっとチャールズの側には神がいて、彼をずっと見守っていたのかな、と想像しました。
 そして改めて、神的なもの、超越的な存在感というものを考えさせられました。

 惜しくも亡くなってしまったチャールズですが、作品を残してくれたおかげで、我々は彼の魂を感じることができます。日本でマイナーなのは寂しいですが、ぎこちない訳ながらも本作を鑑賞できた幸運に感謝したいと思います。



【チャールズ・ブラッドリーのリンク集】

‪https://youtu.be/5yi2KcaSSoo‬
本作です。74分。
自動翻訳字幕での鑑賞がオススメ。
しかし、先に楽曲聴いた方がいいかも。


‪https://youtu.be/yBdTVmSVq14‬
‪ ‪"Why Is It So Hard‪" (Live on KEXP)‬
俺のフェイバリットナンバー。切なくて痛くて、でも優しい。最高!


‪https://youtu.be/xi49yirJiEA‬
‪"Changes" (OFFICIAL VIDEO)‬
顔!PVなのに顔だけ!チャールズの最高の顔力を堪能できます!なんとブラックサバスのカバー。
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