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ザ・ウォーター・ウォーのまるまるのレビュー・感想・評価

ザ・ウォーター・ウォー(2010年製作の映画)
4.2
1492燃えるコロンブス!
恥ずかしながら、この映画観るまで、コロンブスがあの悪名高きコンキスタドール(征服者)だとは知らなかった。
そりゃ、新大陸みつけてバンザイじゃ終わらないか。
世界史取っとくんだった。

原題「雨さえも」スペイン映画。huluにて。


舞台は2000年ボリビアのコチャバンバ。
製作費を抑えるため、ボリビアに撮影の場を求めて来た映画スタッフ。
コンキスタドールとしてのコロンブスを題材にした映画を作るとのこと。
映画「シティオブゴッド」もそうでしが、この劇中で制作される映画も、先住民の役に現地の素人を一日2ドルで雇って撮影してます。
映画スタッフが意気揚々と現地入りしたボリビア、コチャバンバ。
ところが折悪しく、コチャバンバでは外資系水道会社の一方的な水道料金の値上げにより、現地の人との間で紛争が巻き起こっていました。https://ja.wikipedia.org/wiki/コチャバンバ水紛争
最低月額給料がが$100(当時約12000円)を満たない町で水道の請求額は$20(当時約2400円)支払えという水道会社。ケースによっては200%を超える値上げだったとか。これが事実だったことに驚いた。

物語の軸となったのが、プロデューサーのコスタ(ルイス・トサール)、監督のセバスチャン(ガエル・ガルシア・ベルナル)、制作映画の中で先住民のリーダー役であり、水紛争の中心人物でもあるダニエル(ファン・カルロス・アドゥヴィリ)。

製作中の劇中映画では、コロンブスがキリスト教(征服者側の正義)を押し付け、神の名のもとに、原住民を搾取する姿が描かれます。これがヒドイ。その劇中映画と、法の名のもとに、法外な水道料金を強いられるコチャバンバの人たちが、ヒドくダブって見える現状に暗澹とする映画。
映画を完成させたいが、次第に情勢がそれを難しくしていくなかで、揺れ動くそれぞれ3人の動向が胸に迫る。
なんだか、後を引きます。
知らず知らず、僕らもそこで描かれてる構造に乗っかってる側ですから。
その事実を強烈に突きつけるのが、立て板に水のごとく水道会社の正義を淀みなく話す水道会社代表と、その水道会社のやり方に疑問を持つセバスチャンとのやり取り。セバスチャンと共に、自分の脳内の怒りも沈黙w

冒頭のほう。爆音とともに、ヘリコプターで運ばれてきた、でっかい十字架が印象的。

後半、水紛争で街中が騒乱状態になりますが、コスタの視線で描かれる街の様子がリアル。ニュースで見る映像では、なんだか他人事にしか見えない場面が、この映画では、まるで自分の事のように、ありありとその様子がうかがい知れた。
市民と警官隊が激しく衝突して危険。危険なんだけど、見慣れた近所なんだしなんとかなるんじゃね?という趣きで、そこに身を投じずにはいられない感じ。
震災時、被災地に補給物資持って行ってやらにゃぁ的感じを思い出した。


南北問題を客観視できそうな映画。
おすすめです。




以下、興味深かった蛇足

この映画、スペインでは好評だったそうですが、現地のボリビアでは批判的な意見が多かったそうです。意外!逆だと思ってた。
"映画はボリビアの「水戦争」をいかに語るのか─『雨さえも』への異なる評価を中心に─兒島峰"
http://human.kanagawa-u.ac.jp/gakkai/publ/pdf/no178/17809.pdf
に、映画のみならず、当時の社会情勢等、詳しく載ってます。

p.83
ボリビアをテーマにしていることや、作品に登場するボリビア人俳優がスペインの映画祭で脚光を浴びたことなどで、ボリビアでの関心は高かったが、同作品をめぐっては、スペインとボリビアでの評価が真っ向から対立していた。スペインではおおむね好意的に受け止められたのに対し、ボリビアでは、同作品に対する批判的意見が多く、さらには、ボリビア映画の盗作であるという非難が起こっていたのである。
p.95
スペインにおいて、同作品は、繰り返される搾取構造と抑圧に対する人々の抵抗、そして、それを目の当たりにした一人の人間の心の変化を描いたと評されているのに対し、ボリビアでは、作品が主題としている水戦争そのものへの無理解が告発され、作品自体も植民地主義的であると批判されており、スペインにおける賞賛と真っ向から対立する。


簡単にまとめると、ボリビアでの批判は、
○「雨さえも」は人民の闘争である水紛争が、井戸の接収と水道料金の値上げへの反発のみに矮小化されてる点が気に入らない。
この紛争は、現モラレス大統領の言う「第二のボリビア革命」へのきっかけになった出来事。当時支配的だった新自由主義的グローバリズムへの抵抗の発端になった。
アンデスの宇宙観では、父なる太陽と母なる大地の交感によって雨が降る。なのに、その神の恵みを、一企業が独占するってどういうこと?という、相容れない価値観の強要も怒りに油を注いだ模様。
水紛争は、その後、2003年ガス紛争に発展。2005年、初めて先住民から選出されたモラレス大統領、反グローバリズム政権誕生へと続く。

○盗作元とされた映画「鳥の歌」(ボリビア、ホルヘ・サンヒネス監督)は、16世紀スペインによる侵略を告発した映画。人物の設定、展開、主張が酷似してるそうです。「鳥の歌」でも出てくる劇中映画では、銃で武装した天使の一行が、神の名を語り、血と銃で侵略してた様が描かれていたそうです。一方「雨さえも」の劇中映画は、略奪されてるインディオの擁護を訴えたスペイン人神父を称える映画。スペインの侵略行為への批判が「鳥の歌」に比べると、かなりオブラートに包まれた感じにボリビア人には映るらしい。それどころか、キリスト教を称揚してるように見えるのが気に入らないのかな。僕個人にとっては「雨さえも」の描かれ方も相当告発要素が強かったように思えたけど、現地の人にはヌルいのか、気に入らないみたい。「雨さえも」でのシーン。教会セットで神父二人の「搾取は間違ってる!インディオも人!我々は罪深い!なんの権利で彼らを殺す!」ってシーンのリハーサルの時、刺すような目つきでそれを見ていた、作業してた現地の人達が忘れられない。

○上二つから、ボリビアの人にとっては「結局この映画自体、所詮、植民地主義だったスペイン人自身の内向きの罪の意識に訴える映画で、俺らボリビアの事なんて、テキトーだよね。つまるところ、植民地主義者の映画じゃねーかよ、アホゥ!」

ということらしい。

ボリビア人のエキストラがエンドロールにクレジットされてない事にも文句たれる始末。

う、うーん。

やっぱ、歴史から来る問題は、過去にあった事は、あった事として、被害側・加害側双方が客観視できないと、一歩も前に進まない、どころか下手すりゃ悪循環に陥るよなぁと思ったしだい。
去年広島に来たオバマ大統領には諸手をあげて最敬礼ってのが、いわゆる未来志向ってもんじゃないの?
そう思った終戦記念日。
黙祷。

…お盆には、もうちょっと軽い映画観よう…


それにしても。
裸族の人たちって、虫刺され対策どうしてるのかなぁ。
当方、毒蛾にやられて皮膚科通院中。


※※備忘録※※
GOROTUKIさんの同映画レビューより抜粋。
勝手にスイマセンm(_ _)m
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イシアル・ボジャイン監督
スペインの巨匠ビクトル・エリセ監督の代表作『エル・スール』の少女エストレーリャの役(当時14歳)の子役が監督。

同監督の短編映画
『Baja, corazón 』↓
http://youtu.be/y7Y536Rqdt4
歌手ルイス・ラミーロの
「Romper」のPVも監督↓
http://youtu.be/GprKRgWXxWI

イシアル監督はイギリスの巨匠
ケン・ローチ監督とも親交があり
本作の脚本は
ケン・ローチとタッグを
組むと立ち所に傑作になる
脚本家ポール・ラヴァーティ
ポールの作家性は
肉体労働者の目線がとても素晴らしいこと!
そして本作は水問題とコロンブスが
複雑に入り組んだ内容!
イシアルとポールが起こす化学反応は
間違いなく傑作です!
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まるまる抜粋、ホントすいません!
この監督さんの映画、多分今後もお世話になりそうなのでm(;_ _)m


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8月25日追記
https://newsphere.jp/national/20170825-3/
「コロンブス、ワシントン像も撤去すべき」白人至上主義への抵抗気運高まる 米国
~他にも複数の「歴史的英雄」を挙げ、これまで無害とみなされてきた像に厳しい視線が向けられつつあるとしている。白人至上主義の台頭に対する反動として、これまで一方的に白人の視点から語られてきた歴史認識を改める機運が高まっているようだ。

つほーwうーん。
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