三樹夫

影なき狙撃者の三樹夫のネタバレレビュー・内容・結末

影なき狙撃者(1962年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

朝鮮戦争で名誉勲章を貰った英雄は実は東側に捕らえられ洗脳されていた。アメリカに帰って来てからクイーンのトランプが引き金となり標的を暗殺していくが黒幕は母親で、母親に操られていたのだった。母親は極右と見せかけて東側と通じているスパイで、東側のために尽くしてきたが息子を洗脳し殺人マシーンにされた恨みで、再婚相手の夫を大統領にして裏から操り権力を手に入れアメリカをスーパー極右国家にしようと企む。

オチが本当に見事な映画で、赤狩りやっているけどそれ思想統制の全体主義で、共産主義国と同じムーブをしてるじゃんという皮肉になっている。黒幕が極右となることで、現実世界で極右の進める赤狩りは自分たちの憎む東側と同じことしてるということが提示される。極右的なことしてたら敵の東側みたいなことになっていたというディストピア落語みたいなブラックなオチだ。
またもう一つのレイヤーとして母親の支配がある。原作では近親相姦もあるがさすがにコードの問題で映画の方には直接描かれはしないが、親子の口と口のキスにより近親相姦が匂わされており、DVDの特典でも監督がこのキスで近親相姦をほのめかしていると述べている。
黒幕が母親であることは早い段階で暗示されている。再婚相手の夫の演説の後に取材を受ける夫に向けてコートを着ながら口をパクパクさせているシーンは、裏から操る人ということが提示される。

フランケンハイマーのキメキメの演出があり、アジサイの講演かと思ったりカメラが360度パンし洗脳の最中だと分かるシーンは、カメラが回っている間に後ろの美術を入れ替えた。牛乳パックごと心臓と打ち抜くシーンは、発砲後パックから牛乳が噴射する間接的な流血表現で印象に残る。

一見反共的な作品だが実のところは赤狩りについて恐怖の映画になっている。母親の再婚相手のモデルはアメリカで赤狩りを推進したマッカーシーだ。映画の中ではただの操り人形の粗野なおっさんだが、マッカーシー本人も粗野でアル中でもあり、泥酔状態でテレビ出演したり、政府内の共産主義者のリストを持っていると言うものの、リスト記載の人数がコロコロ変わり信憑性を疑われたり、また死ぬまでリストは公表されなかった。
ハリウッドでも赤狩りで密告の吹き荒れる監視社会となり、また一種の魔女狩りの様相も呈し共産主義と関係のない人物まで嫌疑がかけられることになった。エリア・カザンは共産主義者の嫌疑をかけられたが、11人の仲間を売り自身は投獄を免れた。98年にアカデミー賞名誉賞を受ける際には会場からブーイングが起こり、スタンディングオーベーションが慣例だがほとんどが座ったままだった。ハリウッド俳優組合の会長だったロナルド・レーガンも俳優らを密告し赤狩りに協力した。脚本家のトランボは証言や仲間の密告も拒んで収監、業界から一時追放された。別人の名を借りたり偽名を使ったりして脚本を書き、『ローマの休日』の脚本も書いている。チャプリンは共産党員ではなかったが、資本主義を揶揄する作品により共産主義者のレッテルを貼られた。映画の中でチャプリンは「一人殺せば殺人者だが、大勢殺せば英雄になる」と戦争を批判した結果、国外追放になり英国へ帰国している。
この映画はジョナサン・デミが2004年に『クライシス・オブ・アメリカ』でリメイクしているが、母親が通じている勢力が本作とは変更されている。
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