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ヨコハマメリーのアイのネタバレレビュー・内容・結末

ヨコハマメリー(2005年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

かつて、一人の娼婦がいた。彼女の名前は~ハマのメリー~

私はメリーさんに勝手な親しみを抱いていた。なぜなら、若い頃、時に奇抜なファッションをしていた私に、友人が付けたあだ名が葛西メリーだったからだ。
メリーさんの存在も知っていた。横浜の伊勢崎町界隈に出没する、白塗りした時代錯誤なドレス姿の可愛らしいおばあちゃん。彼女にまつわる伝説はたくさんあって、娼婦だったことも私は聞き知っていた。くわしいことは何もわからないが、ハマのメリーさんは有名だった。少なくとも私の周囲にいる友人は半数以上知っていた。

私はメリーさんにずっと興味があった。なので、今回、ハマのメリーを題材にしたドキュメント映画が公開されたと知り、新宿まで観に行った。皆もメリーさんに興味があるのかレイトショーだというのに映画館はほぼ満員。伝説が一人歩きし、謎に包まれたメリーさんの真実の姿とは?他の皆さんも私と同様、好奇心に駆り立てられて映画館に足を運んだのだと思う。しかし、映画を観ていくうちに、あまりの内容の深さに心を揺さぶられ、ボロボロと涙してしまい、終わってからも涙が止まらず恥ずかしい思いをした。

映画「ヨコハマメリー」は、戦後の隠蔽された日本の歴史、横浜ヒストリーを教えてくれるだけにとどまらず、生きることの意味や、人の懐の深さ、優しさまで教えてくれる素晴らしい作品であった。

この映画は、ヨコハマメリーにまつわる人々の証言インタビューをもとに、彼女の実像を浮き彫りにしていく手法で撮られている。彼女の友人であったゲイのシャンソン歌手・永登元次郎、彼女の衣装を管理していたクリーニング屋の夫婦、彼女の髪を切っていた美容師、彼女に粉白粉を勧めた化粧品店の女主人などなど。中でもメインに扱われていたシャンソン歌手の元次郎さんの生涯は、メリーさんとどこか通じるところがあり、とても心を打たれた。(彼は映画撮影時、末期癌と闘っており、映画の完成を待たず2004年に急逝)映画の最後、白塗りをやめて本名に戻り、老人ホームで穏やかに暮らすメリーさんの前で、彼がシャンソンを歌う場面は、泣けて泣けてどうしようもないくらい感動した。

メリーさんは敗戦後、進駐軍の米兵相手に娼婦をしていた。その時、出会った将校が忘れられず、何十年も横浜に居付いていた。将校から貰った翡翠の指輪を大切にしていて、一度失くした時はとても落ち込んでいたという。そして、彼に再会することはもうないのだと諦めたのか、95年、メリーさんは横浜から姿を消す。その後の消息についての噂は膨らみ、いろいろな憶測がなされたが、彼女は故郷に帰っていた。普通のおばあちゃんとして老人ホームで過ごし、2005年に天国へと旅立った。これが、私が映画から知り得たメリーさんの実像だ。そして、映像で知ったメリーさんの印象は、気高く、強く、けれども可愛らしい女性だった。

偏見に負けず、自分らしく強く生き抜いた彼女は決して蔑まれる存在ではなく、尊敬できる人物だと思う。彼女のすごいところは、映画の最後の笑顔にある。よく生きた人の笑顔だった。白塗りのメリーさんも忘れられないが、素顔で微笑むメリーさんはもっと忘れられない。
それくらい素敵な笑顔だった。
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