このレビューはネタバレを含みます
1981年制作、降旗康男監督、倉本聰脚本による人間ドラマの名作である。
物語はオリンピックの射撃選手でもある刑事と3人の女性の出逢いと別れを描いた人間ドラマで昭和43年からの12年間が描かれている。
全編に八代亜紀の「舟唄」が流れ、冬の北海道の風の吹きすさぶ漁師町や鉄道風景が昭和の風味や匂いを発しながら哀感を帯びた温もりと共に描かれる。
主役の三上刑事を演じるのは北海道にはピタッとはまる高倉健である。
高倉健を観ているとこの人の場合、寡黙だが律儀で男気のあるという定石キャラでほぼ全ての作品に登場している。
おそらく日本人は皆そうした健さんが大好きであり、そういうキャラしか許されないのかもしれない。
ドスを片手に「死んでもらいます!」キャラから脱皮して「幸せの黄色いハンカチ」以降、逃亡者だろうが刑事だろうが軍人だろうが男も惚れ惚れする日本男児を演じるようになって役者としていい風味というか味わいが出てきたことは間違いない。
その健さん演じる三上刑事が3人の女性と関わりを持ちながら物語は進行するが、その3女性の道行はあたかもそれぞれ分岐していた線路がやがてその先で一つに合流するような趣きがあり、その間それぞれの女性の生き様が3部構成で描かれている。
とは言っても3人は三上との関わりだけで対峙することはない。
まさに人が降り、人が乗る、人生に於ける出逢いと別れの場として駅が象徴的に描かれている。
倉本聰の脚本は三者三様の人生模様を自然な流れに溶け込ませて見事である。
この
直子(石田あゆみ)
すず子(烏丸せつこ)
桐子(賠償千恵子)
の3人を巡りスポットライトが移り変わっていくが、冒頭は雪が深々と降りしきる銭函駅で三上との離婚を承諾した直子との別れが描かれる。
別れの詳細ははっきりと描かれてはいない。
ここで石田あゆみのあの伝説的な演技が光る。
[直子]
4歳になる息子と汽車に乗り、乗降口から無言で三上に別れをするが、悲しさをこらえ無理やり涙目で笑顔を作って敬礼をする。
小説では絶対表現出来ない複雑な心境や思いが凝縮されている特筆すべき演技である。
しかも現代ではドアが閉まってしまうのでこんなことは出来ない。
[すず子]
烏丸せつこのすず子は若くて少し抜けているように見せるが、実は犯罪者の兄である吉松五郎(根津甚八)を警察から匿う為の偽装演技であることがわかる。
町のチンピラですず子とかかわる宇崎竜童も好演しているが、演技というよりも素で登場した感がある。
彼女はクラリオンガールから銀幕デビューするが、当時は完璧過ぎるプロポーションで男どもにオーラを放っていた。
[桐子]
そして桐子(賠償千恵子)の小料理屋の女将もなりきっていて素晴らしい。
さくらや民子の様な庶民役を見慣れているせいかガラッと変わって下世話で艶っぽい。
外は深々と雪が降る中、熱燗をやりながら健さんに寄りかかって「舟唄」を口ずさんで様になる女優はそうはいない。
実生活でも二人は熱愛の経験があるだけにピタッと収まって絵になってしまう。
決して若くない二人だが、それぞれが背負っている重い過去が旨味のように滲み出ていて大人の風味に溢れた秀逸なワンカットである。
1979年の大晦日、紅白歌合戦が画面に流れている。そうかあの頃家族揃って皆で観ていたな。
こんな昭和レトロの小料理屋で賠償千恵子の女将から「少し一緒に飲んでかない」なんて言われた日には気が遠くなるほど舞い上がるにちがいない。
とは言え、桐子は三上とよしみを通じるかたわら、全国指名手配中の昔の男が舞い戻って来るなり男を匿って同棲を再開したりする。
よく分からない複雑な女の心理ではあるが、昔から悪い男に女は惚れるというのもよく聞く話しではある。
賠償千恵子にしては珍しいくらいの堕ちゆく女を演じでいる。
ところで中盤で銀行強盗一味をラーメン屋の出前に扮した三上がすんでのところで犯人達を射殺し人質達を解放するシークエンスではラーメンのおかもちに描かれた屋号が「すみれ」であるのも懐かしい。
今ではセブンイレブンに行けば買うことができる。
どうもそんなところを覚えてたりしている。
人生の駅でどんな人と巡り逢うのか、どんな触れ合いがあるのか、そしてどんな別れがあるのか。
いずれにしても我が人生の糧としていきたいと思わせる妙味で深みのある作品である。