出し抜けに、ビワの実が一つ足元にこぼれ落ちた。
朽ちるのを待つ他ないそれを憐れんだ孤独な彼女は、初夏の冷たさの、その半分を請け負うためにゆっくりと身を屈めた。
だが、落涙のように見えたその種子は、実のところその瞬間にこそ生の醍醐味を興がっていた。
己が風に吹かれてゆく謎が、永遠に思われた辛抱の謎が、重力によってやっと種明かしされる、そんなまたとないカタルシスを念入りに味わっていたのだ。
本当は、その安堵感を彼女に分け与えたいとも願った。
でもビワにはそれを表す口も目も無かったし、丸い身体いっぱいに詰まってはいても、その幸福は他者に譲るほどの量はなかった。
それに伝えたところで、それはきっと彼女を喜ばせはしないだろうという事も、ぼんやり分かっていた。
デジャヴみたいに、何故だか知っていたのだ。
だからせめて、淋しげにしゃがみ込んだ彼女の血塗れの手のひらに、ビワはただ黙って抱かれていようと決めた。
初夏の冷たさの、その半分を請け負うために。
黄昏れは、どこまでも月を白く染め始めていた。
2022/7/10『出自』梶岡