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ストレンジャー・ザン・パラダイスのkuuのレビュー・感想・評価

4.0
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』
原題Stranger Than Paradise.
製作年1984年。上映時間90分。
製作国アメリカ・西ドイツ合作。

ジム・ジャームッシュが監督した長編映画第2作であり、商業映画としては初の監督作品となったそうです。
全編を通してモノクロで撮られたデッドパン(無表情)喜劇で、構成は全部で3つに分かれ、ニューヨークを舞台にする『The New World,』、
クリーブランドを舞台とする『One Year Later,』、
フロリダを舞台とする『Paradise,』より成る。
主演のジョン・ルーリー、助演のリチャード・エドソンは共にミュージシャンでもあり、リチャード・エドソンは米国のロックバンド『ソニック・ユース』のドラマー。

ウィリーはニューヨークに10年住んでいる。ハンガリー出身で本名はベラ・モルナー。
ある日彼のもとに、クリーブランドに住むおばさんから、16歳のいとこエヴァが米国での新しい生活を始めるべくブタペストから来るが、自分が急に入院することになってしまった為、10日間ほど預かってほしいという電話がかかってくる。。。

ザラついたモノクロの映像と定点観測的なカメラワーク(最近NHK番組『ドキュメント72時間』にはまっててふと思い出した)、一定のリズムを維持する編集と前衛的な音楽によって、今作品全体が人物と風景についての曖昧な観察にひたすら費やされるちゅう、一種独特で摩訶不思議な面白さを追求してるんは、アメリカン・ インディーズ映画ってメチャ感じましたし、その種の作品故に好みか否かは分かれる作品かなぁと思います。
今作品は音楽的だと形容しても過言じゃないかな。
それはまるで音楽家が直接楽器に触れて表現するように、監督の映画にも手で触れるような感覚が横溢しているからかな。
加えて、今作品を観ると耳について離れなくなっちまうんは、スリーミン・ジェイ・ホーキンス 『Ⅰ Put a Spell on You』の声とリズム。
ロックを演奏されたり良く聴かれる人にはに気がつく、珍しいワルツのビート、そこが何となくヨーロッパ的かな。
『この曲をエヴァのテーマミュージックとして使用し、エヴァは米国をマス・カルチャーの国と考えていて、この曲が彼女と米国をつないでいるのだ』と監督は説明する。
タイトルが示す『異邦人たちのパラダイス』または『移民たちの米国』は、この国を、異邦人の目、よそ事の目で眺めるエヴァの視点であり、監督の視点でもあるけど、同時に、主人公のウィリーから見た米国でもあるんやろな。
ウィリーはハンガリー移民の彼の本名はベーラ・モルナル(ベーラは名前を『ウィリ』と米国風に変えていた)で、アメリカに溶け込もうと懸命 やけど、やっぱ異邦人にすぎひん。
米国は移民の国で、彼らのパラダイスのはずやのに、まるでそうは見えないところに、どことなく皮肉が込められてるけど、ジャームッシュの描写には気軽さがある。
スイス系移民の写真家ロバート・フランクもまたジャームッシュに強い影響を与えた人物の一人だそうで。
フランクの異邦人のまなざしてのは、伝説的写真集『アメリカ人』のなかで、50年代末の米国の病根を見据え、その殺伐とした風景の中に、米国の詩(真実)を見つける。
こないな感性は、決して声高にならず、終始淡々とした、ジャームッシュの映画からも感じられるかな。
彼は本作品の底にレーガン時代の米国に蔓延した過剰な上昇志向や消費主義への強い反発があるんやと語るけど、 攻撃じゃなく、最小限の振る舞いによってやり過ごす、 手ぶらのサバイバーとして、
『more is better』に唾を吐きかける 『less is more』の精神を貫いてる。

『僕は、ものごとをあるがままに受け入れる人間に興味がある。
野心や成功のために闘うなんていう米国的考え方には、みんなウンザリしているんじゃないかな。
少なくとも僕はゴメンだ。
僕はもっとリアルな奴ら、中心から外れてしまい、うまいこと調子を合わせられないアウトサイダーが好きだ。
汗水たらして成功を追い求めるなんてバカらしい。
お金儲けもどうだっていい。
でも自分にとって大切な何かを守ろうとする普通の奴ら、それが僕のテーマなんだ』
と語る ジャームッシュ(ライナーノーツより)が、シンパシーを表明するのは失われつつある
価値観や事物、
多少ぶざまでも真剣な言動、
すれ違いはかなさ、
単純さ、
ほんで自由のなかの不自由、
不自由の自由なんやろな。
変化や成長を強要する社会に反発して、みずからのペースで歩み続けてきた、 そんな頑固さのなかに、彼の反骨精神があり本作品に表れてました。
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