dita

その街のこども 劇場版のditaのレビュー・感想・評価

その街のこども 劇場版(2010年製作の映画)
4.5
@ シアターセブン(8回目)2024.1.18

美夏と勇治が搾り出すことばの先にある感情に触れて、今年も泣き散らかす。帰り道、痛みを背負うことと他人の痛みとの距離感について考えていたらすびびびーとまた泣いてしまった。ピザまん持って傘さして号泣するわたしとすれ違った人ごめんなさい。


@ シアターセブン(7回目)2023.1.17

28年前のあの日から、不幸が怖かったり幸せに引け目を感じながら生きてきた。時間は解決しないしまだまだ泣いてしまうけど、この映画のようにたくさんの偶然と自分で選んだ道をしっかり歩いて来年までまた生きよう。今年も2人に会えてよかった。ありがとう。


@ シアターセブン(6回目)2022.1.17

朝からゆっちとおじさんのことをずっと考えながら過ごし、今年もまた冒頭のあの音に怯えながら勇治と美夏に会い、蓋をした感情に向き合い、傷つき、泣いた。帰り道、一駅歩きながらピザまんを食べた。少し前を向いた。工夫して生きる一年がまた始まる。


@ シアターセブン(5回目) 4 2021.1.20

5回目なので映画的な見方をと思って、(この森山未來の表情すごいな)とか(サトエリのこの顔かわいいな)とか思いつつ(映画的ではないしそもそも映画的ってなんやと今書いてて思った)観ていたけど最終的にはやっぱり気持ちがボロボロになってただただ泣いてしまう。

この映画が、あの大地震を経験した人にもしていない人にも響くのは、あの日の「出来事」ではなく、ただひたすらに「体験」を描いているからなのだろう。出来事も体験も同じ意味だろうしことばのあやかもしれないけれど、ニュアンスとして浮かぶことばがこれしかないのでごめんなさい。

美夏のように大切な誰かを失うこと(出来事)はとても悲しく辛い。でも、勇治のように誰も失わなくても環境が変わること、傷付く(体験)も同じように辛いし、ふんぎりをつけることは後者のほうが難しいのかもしれないと思った。以前の感想にも書いたけれど、わたしは身近な人を誰も失わなかった(怪我をした人、家が壊れた人はたくさんいた、学校の校長は亡くなった) 。でも辛さはずっと続いていて、何年経ったから、で解決できないのではと思い始めている。だから、15年目の「節目」の年に美夏は横断歩道を渡り、勇治は渡れなかったのではないかと。

わたしがいつ横断歩道を渡れるようになるかはわからない。でも勇治はきっと生きて毎年同じように悩むのだろう。
わたしも歩いて休んで食べて生きて、渡れなくても走れなくてもまた来年同じ場所でふたりに会おう。

※コメント欄は過去鑑賞分の感想です、長くなるのでネタバレを押しています
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