るるびっち

風前の灯のるるびっちのレビュー・感想・評価

風前の灯(1957年製作の映画)
3.6
巨匠が撮った小品。
代表作『喜びも悲しみも幾年月』と『楢山節考』の合間に撮ったワンシチュエーション・コメディ。
日中、男手の留守に強盗を働こうとする3人。
しかし揉め事の多い家庭で、人の出入りが多くて中々強盗に入れない。
ケチな姑のタンス貯金を強盗だけでなく、家族を含めて皆が狙って右往左往する。
どんな役もこなす天才・高峰秀子が陰口を叩きながら、ケチん坊の姑に仕える主婦を演じている。
粗末な木造住宅の割に部屋数が多い。大勢の人物が出入りするので、舞台機構として多い作りなのだろう。

男性的な映画を撮る黒澤明に対して、女性映画の巨匠木下惠介。女性映画と言うより母映画と言うべきか。常に母親への眼差しと敬愛がある。
父親の存在より嫁と姑、彼女の妹たちとの関係を丁寧に見事に描いている。
ブラックホールのように姑のタンス預金がすべての人間を引き寄せるが、家族の中心であらゆるトラブルをやりこなすのは主婦の高峰秀子だ。夫はボンクラでも、主婦がしっかりと何でもこなせれば家庭は回る。日本の歪な家庭像は、器用貧乏な主婦たちに支えられている。

映画内の男性たちは単純に腕力で上位を争うが、女性たちは複雑な駆け引きでマウントを取り合う。その辺を自ら脚本を書き、緻密に表現できるところが木下惠介監督の慧眼を感じる。

劇中に『喜びも悲しみも幾年月』と『楢山節考』のパロディが入る。
何故この映画を撮ったのか事情は知らないが、ヒット作と野心作の合間に息抜きの様に軽妙なブラック喜劇を撮っている。
黒澤のような作りたい映画への野心があるのではなく、会社の事情で作ったのではないか?
この時期の木下惠介は作りたいものは『楢山節考』で、その為の条件としてヒット作を会社から要求され、あっさり『喜びも悲しみも幾年月』を生み出している。
本作も同じ俳優に『喜びも~』と逆のガメツイ夫婦をやらせたら面白いと、誰かに要求されて作ったのでは?
何でも作れる才人の器用さを感じるが、一方で巨匠として仕事を整理しても良いのにと思う。高峰秀子も木下惠介も何でもこなすのに、現在では評価が高くない。むしろ芸風が狭い黒澤や小津の方が世界で有名だ。
家庭の主婦同様、何でもこなすと器用貧乏となって、あまり有難く思われないのだ。
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