Jeffrey

心のJeffreyのレビュー・感想・評価

(1973年製作の映画)
3.8
「心」

冒頭、十年前の初夏。車窓からの森林の風景を眺める男。家探し、独白形式に話は進む。森へのピクニック、父親の遺産、蓼科の山小屋、隣部屋に住まわせたS君、娘のアイ子への恋、裏切り、性、そして愛。今、 二人の学生と一人の娘をめぐる愛の葛藤が写し出される…本作は夏目漱石の代表作である" こゝろ"を新藤兼人がATGで監督した昭和四十八年の作品で、彼の独自の視点で映画化された本作は二人の学生と一人の娘をめぐる愛の葛藤にスポットを当てた生命の根源としての裏切りと性を凝視する作風になっていて、新藤兼人が得意とするテーマである。この度YouTubeにて新藤兼人特集をするべくDVDを購入して再鑑賞したが傑作。

監督が漱石文学の持つ文学的な生命力を現代の風俗の中にうまく取り入れていて、漱石文学が現代のモラルに対抗できるものとして取り上げてみたいと意欲満々なのが映像からわかる。そういえば監督は「吾輩は猫である」も監督している。それにしても立て続けに日本の文豪の小説を映画化する力量が凄い。ー本撮るのに体力を使いそうなのに、前作の「讃歌」にしろ、新藤兼人は解読の試みをよくする人物である。だがしかし本作の年代は現代に置き換えているような感じはするが、特に特定されていないのが気になるところだ。それとイニシャルで登場させる人物たちは果たして…何を意味するのか。


さて、物語は物語の主人公、二十歳のKは東京本郷に下宿先が決まった。そこにはお夫を戦争で失ったM夫人とその娘アイ子がいる。アイ子はKがたじろぐほどの若さと美しさを持っていた。その後Kの中学時代からの親友SがKの隣部屋に同居することになった。ある日SはKに自分がアイ子を愛してしまったことを告白する。まだアイ子には告白していないと言うSの言葉にほっとするK。Kは二人きりになった夫人にお嬢さんを私にくださいと切り出す。このことをSに知らせなければならないと考えるKだった。

本作は冒頭に、男の独白で始まり画面は車窓から眺める美しい森林の風景が捉えられる。カットは変わり、都会の騒がしい町並みと一人の男性をとらえる。続いて、山の中の道を一台の車が走りすぎる。カメラは緑の中に佇むスーツ姿の男をとらえる。独白はまだ続いている。カットは変わり、下町の描写へ、路地を先程の男性がワイシャツ姿で歩く。ごめんくださいと古風な一軒の家にやってくると着物を着た女性がいらっしゃいませと出てくる。男は部屋を貸して欲しいと言う。女将のような女性はこんな古い家よくお好みになりましたねと伝える。そして様々な条件をその男に伝える。二人の会話が続く。男は外に出て坂を登る(独白が続く)…と簡単に冒頭の場面を説明するとこんな感じで、本郷菊坂や不忍池あたりの風景がなんとも美しく捉えられている。

それに外界から孤立したかのようなもと家を限定にして若者らが演技合戦するのも見事である。まさに日常的な映画が捉えられている。照明が印象的だなと思えば、岡本健一だったのか、彼はアートシアターギルドの作品では「海潮音」も手掛けている。今知った…。サックスの音が流ながら森にピクニックしに行く四人が出かけるシーンがあるのだが、非常にノスタルジックで好きな場面である。心が浄化されるというか、古き良き何かを感じる。極力セリフを解除して音楽だけで映像が流れて行き、彼らの行動を楽しむ手法はすごく個人的には好きで、途中で違う男女のカップルが草叢で性行為をしているところを目撃してしまったり、川で釣りをしていると仲間の男性が睡魔に負けて岩からズレ落ちるところを助けてもらったり、色々と若者の山での遊びが写し出されていて良い。今でもアウトドアは人気であるが、今のように室内で画期的な娯楽がまだ無かった時代は、そこまでインドアな遊び方がなかった。なので、こういった外で遊び知識を知恵に変え、知恵を知識に変えていく体験が見れるのは非常に面白い。この映画は愛と裏切りを非常に上手く描ききっていると思う。

そんで、森に西洋式の椅子とテーブルが用意されていて、若者三人が会話をする場面などは一瞬だがロメールのようなフランス映画を彷仏とさせてしまう。会話劇、運動劇の反復が素晴らしいのである。それを画面アスペクト比のVistaサイズ(スタンダード)を選んでいるのも映像的には合っていて良い。演じる役者たちがフレッシュで非常に見ごたえがある。にしても、K役(主人公)の松橋登って今はダンディーなおじさまになってるけど、当時の彼はとってもハンサムだ。びっくりする位だ。それと基本的に独白するのと会話が多い分、イケボとも感じる。こんな綺麗な顔立ちの青年はあまり見かけない。この映画の彼はクローズアップなどは森下愛子に非常に似ていると思ったのは私だけだろうか。

昔に観た「恋は緑の風の中」で、原田美恵子と共演した佐藤佑介も美形だったな。今思えば松橋も私の好きなアートシアターギルドの作品に多く出ている。残念なのは「変奏曲」が未だにソフト化されてない事だ。VHSはあるのだが、それに「不連続殺人事件」にも出演している。んで、変わらず乙羽信子の安定感ある母親役は落ち着くのである。S役の辻萬長も吉田喜重のギルド作品の「戒厳令」を始めとする市川崑監督や熊井啓の作品に出演していて知っている役者だが、それこそ今は歳を重ねたおじいちゃんになってしまったが、当時男らしくカッコよかった。すごく風変わりな余韻を残す映画で、この癖みたいなのがいい。モノローグが好きな自分にとっては最高のフィルムである。
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