ドント

エデンへの道/ある解剖医の一日/死体解剖医ヤーノシュのドントのレビュー・感想・評価

3.8
 1995年。大変興味深く、面白かった。ハンガリーで遺体の解剖をしているヤーノシュさんの仕事ぶりと生活を淡々と撮ったドキュメンタリー。最初に書いておくが遺体にも、陰部にも、内蔵にも脳にも、モザイクの類は一切ない。
 遺体と言えど事故や事件でのそれではなく、ほとんどが病院で亡くなった老人かせいぜいが初老の人々。痩せていたり太っていたりする真っ裸のそれらをヤーノシュさんたちは一定の敬意を払いながらもあくまで事務的に、でかい魚でもさばくようにジョリジョリ、ゴリゴリ、よっこいしょ、とやっていき、服を着せられ送り出される。
 もうまったく死んでしまっているゆえか撮ってる側が節制しているのか、切ったりもいだり開けたりする様子は驚くほどグロテスクではない(※個人差があります)。手際よく人体をバラして、刺身を切るように内臓を薄切りにしてゆく作業行程にはただ「作業」のトーンしかないのだ。
 解剖して、縫い合わせて、元に戻す。死んでしまっているとはこんなにもそっけないものなのか、と少し怖いような、逆に安心するような心持ちになる。
 ただ主に日常パートにおいて、BGMや語りはともかく、ドキュメンタリーとしてはあまりに「作られ」すぎているのが気になった。劇映画的な編集があったり、ヤーノシュさんの背中は追わず、先回りしてカメラが解剖室の中から、入ってくる彼を撮ったりするのだ。「川口浩探検隊」メソッドである。さすがに解剖シーンでは鳴りをひそめるが……。
 ヤーノシュさんは幸せそうなのでありつつ一掴みばかり陰を持っている。典型ではあるが類型ではないこの人の語りによって、本作はギリで演出の多い準ドキュメンタリー、くらいに踏みとどまっている。こういうモノがおそろしいという人も、ゲテモノ狙いの人も観て、肩透かしされた気分的をおぼえてほしい。死とは、このくらいのものである。
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