お話は、美空ひばりもどきのシューシャイン・ガールを拾って歌手に育てる物語に、売上げを持ち逃げした興行師成敗の合わせ技。
他人の女房となってしまった恋女房お絹(中村玉緒)は今回は登場せず、浅吉の理解者、女親分の麻生イト(浪花千栄子)は既に死んでしまっている。 オカマのお銀(茶川一郎)は継続、ミスユニバースの近藤美恵子は座頭五月淳子役で新登場(お美しい!)、浜村淳は素人のど自慢の司会者でいきなりの登場(笑うくらい別人!)。
監督は田中徳三に戻って、正道やくざ映画に軌道修正。 これ、依田義賢のアイデアかも知れないけれど、キャラクターも修正されている。
「わしゃヤクザが一番嫌いなんや」 の浅吉さんが、今回は 「わしゃ英語と毛虫が一番嫌いなんや」 に変身。 助兵衛キャラもなくなって、真面目なヤクザになってしまっている。 反面、モートルの貞ならぬ清次(田宮二郎)の影が薄くなってしまった。 シリーズ4本目にしてようやく勝新のキャラが田宮二郎に勝った、ということで永田雅一社長は大満足だったでしょうが、映画としては田宮二郎中心だった方が面白かったような気もするのだが・・・。
この当時の「日本人」ヤクザのメンタリティーが良く分かるシーン。
女郎琴糸に “お金の事だったら、もういいのよ・・・” に浅吉が答えて曰く。
“それだけやない。 人を騙して生血吸うて生きてけつかるようなガキはただおけんねん。 人を泣かしてやな、おのれだけ無事に済まそうとするその根性がわしゃ容赦できんねん”
今は想像するしかないが、こういう感覚があったからこそ映画になったのだろうとは思うのだが、それにしても、何も変わっていないんだなあ、世の中って・・・。