真一

日本戦歿学生の手記 きけ、わだつみの声の真一のレビュー・感想・評価

4.9
 これは、軍国主義日本の侵略戦争につぎ込まれ、異国の地で非業の死を遂げた学徒たちの魂の叫びだ。垣間見えるのは「軍国主義の台頭に見て見ぬふりを決め込んだ結果、自分自身が業火に焼かれることになってしまった」という当時の知識人たちの悔恨の念。21世紀日本を生きる私たちへの警鐘と受け止めました。
 
 本作品のメッセージは、東京帝大で助教授を務めた後、陸軍最下級の二等兵としてビルマのジャングル戦線に投入された大木の、嘆きの言葉に尽きると思う。大木は、軍国主義に反対した河合栄治郎・東大教授が右翼と世論の攻撃を受けた際(河合事件)、社会の同調圧力に流されて傍観していた事実を、学徒出身の河西一等兵にこう明かす。
 
 「当時は大学にいたのですが、なぜもっと積極的に、みんなで河合さんを擁護しなかったのか。今更こんなことを言っても始まらないのですが。あの時、何かじっとしていられないような憤りや焦りを感じたのですが、それを突き詰めてもみないで、自分だけの世界に閉じこもってしまったのです。卑怯だった。抵抗しなければいけないということは、分かっていたのに」

 上官の鉄拳と虐待でボロ雑巾と化していた大木は、さらに続ける。

 「馬鹿な話ですが、今になって気が付いたのです。こんな儚い生命でも、あの頃なら、もう少し価値のあるものと引き換えにできたのではないか、と。いや、少なくとも現在のように、少なくともゼロにはならなかったと思いますよ」
 
 モンテーニュをこよなく愛する西洋哲学者・大木の悔やんでも悔やみきれない思いが、ほとばしる。

 この話を聞いた河西も東大出身で、学生時代は反戦運動に携わっていた。河西はこの後、悔いを残さないよう、絶対権力者である上官への不服従に踏み切る。傲岸不遜な大隊長の馬を殺し、その肉を餓死寸前の兵隊たちに分けるという挙に出たのだ。案の定、河西は上官に射殺される。右傾化は時間が過ぎるほど歯止めが掛からなくなるという真理を、自らの命をもって証明した形だ。

 ここで現代日本の在り方を考えてみたい。私たちは、大木や河西の後悔の念を踏まえ、強固な反戦思想と、不服従の精神を培ってきたと言えるだろうか。「歴史的な防衛力強化」を掲げる政権与党や補完政党が議席を伸ばす現状を見る限り、残念ながら、過去の反省は生かされていないように見える。だからこそ本作品を、今を生きる日本人全員、とりわけ学問、教育、言論に携わる方々全員に見てほしいと、強く思う。
真一

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