スプリングス

ファイト・クラブのスプリングスのレビュー・感想・評価

ファイト・クラブ(1999年製作の映画)
5.0
〈/生きているという実感を求めて/〉



【ストーリー(記:2016/12/06】

満たされている。
そんな感覚を、僕はもう何年も感じていない。
生きている。
そう心から実感したことなんかほとんどない。
僕らは仕事なんかじゃない。
僕らはお金なんかじゃない。
僕らは家具なんかじゃない。
僕らは衣服なんかじゃない。
でも、僕らはそれがないと生きているっていわないんだ。

こんなにも広い世界に暮らしているのに、僕らは狭い部屋に閉じこもり、悪夢のように退屈な仕事をこなしている。
お金が欲しいから。
部屋に置く家具や、おしゃれな服を買うためのお金がいるから。
それが生きがいだとみんなは言う。
だけど、それはただの自己満足だとみんなどこかで分かってる。
生きるってなんだろう。
生きているってなんなのだろう。
そんなことを考えているうち、僕は不眠症になった。

生きることに価値を見出せない僕。
ただ毎日を無意味に過ごすことしかできない僕。
家具を買うことでしか空白を埋めることのできない僕。
誰かの作ったマニュアル通りにしか生きてこなかった僕。
人の不幸を目にすることでしか生きていると実感できない僕。
そんな僕の前に、ある男が現れた。

“タイラー・ダーデン”

出張から帰る飛行機の中で僕はタイラーと出会った。
彼は名刺をくれた。石鹸の製造販売をしているのだと言っていた。

タイラーと別れ、アパートに帰った僕は絶句した。
僕の部屋が、ガス爆発かなにかで消えていたのだ。
僕の部屋。
僕の家具。
僕の今まで。
僕のこれから。
その全てが、跡形もなく。
誰に頼ればいいのか分からなくなった僕は、とりあえずさっきの名刺を取りだし、タイラーに電話した。
僕らはバーで落ち合い、酒を飲む。
タイラーは泊めてやると言ってきた。
「その代わり条件がある」とも。

「思いっきり、俺を殴ってくれ」

僕が言われたとおり彼を殴ると、何故かお返しに強烈な一発を腹に食らわされた。
────痛かった。
痛みに目が眩んだ。
鉄の味が口の中に広がった。
でも、なぜだろう。
清々しかった。
痛みに、生きているという実感がわいた。

...そうして、僕らの最低で最高な最凶の日々が始まった。




【レビュー(記:2021/11/23】
今年社会人となり、就職も無事終えた状態の“今”このタイミングで観る今作は、なかなかクるものがありますね。
上のあらすじは学生のときに書いた文章ですが、社会を客観的に見る目はこの頃の方が高かったんじゃないかと思ってしまいます。今じゃ僕も世間に溶け込んでお金を稼ぎ、家具や衣服や安心を買い空白を埋めて暮らす日々ですよほんと。そしてそれに安心を覚えていたりする自分も居て。。
社会の一部分になった今、目の前の仕事に前のめりになりすぎて視野が狭くなっているぞと、今作から重い一発を顎に喰らった気持ちです。一度気持ちをリセットしなければね。

今作は

“生きていく糧とは”
“生きている実感とは”
“自分は何者か”

という、答えに詰まる疑問と素手で殴り合いをする映画です。
創る側も、観る側も傷だらけです。
でもその握った拳のなかに、譲れない“なにか”は握られているのです。

《自分の拳が握られていることに気づくため》

今作を定期的に鑑賞する理由は、これなのだと思います。