TOSHI

細い目のTOSHIのレビュー・感想・評価

細い目(2004年製作の映画)
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即位の礼の日に観賞したが、小さな劇場は満席だった。歴史的な大きな行事の日に、“幻のマレーシア映画”を観ている人の多さに驚く(スケジュール的に祝日のこの日が、都合が良かっただけだと思うが)。小さな劇場で、嗜好性だけが同じな誰とも知らない人達と、約2時間を共有する空気感が好きで、映画を観続けている部分がある事を、改めて実感する。

一昨年、遂に観る事ができた、「タレンタイム~優しい歌」も良かったが、故ヤスミン・アフマド監督の、もう一つの日本未公開の作品(本国では2004年公開のデビュー作)で期待は高まる。
冒頭の、一筆書きのクレジットが、作品世界を表す。
ギャングと繋がり、露店で海賊版の映画VCDを売っている華人の少年・ジェイソン(ン・チューセン)。細い目とは、マレーシアでの中国人の呼び名だという。そして香港の映画スター・金城武が大好きなマレー系の少女・オーキッド(ッシャリファ・アマニ)は、友人と連れ立って、繁華街に出かける(友人は、金城武よりレオナルド・ディカプリオの方が好きだというのが、時代を感じさせる)。
露店で、金城武の出演するVCDを買おうとしたオーキッドは、ジェイソンと出会う。時間は止まり、一瞬で惹かれ合う二人。一本しか買えないオーキッドに、ジェイソンは「恋する惑星」を渡し、電話番号を忍ばせた事で、二人の交流が始まる。しかしジェイソンには付き合っている女性(ギャングの妹)がおり、オーキッドもパーティーで言い寄られる。ジェイソンは、オーキッドを求め続けるが…。ラストシーンが、衝撃と共に余韻を残す。

マレーシア映画(というよりアジア映画)の、イメージ通りの素朴な作風で、ストーリーもよくあるボーイ・ミーツ・ガールだ。しかし全く目が離せず、映画を観ている実感に満たされるのは、アフマド監督の対象への優しい視線と、繊細な演出によるだろう。現実をありのままに映しただけではなく、男性への従順が美徳とされるというマレーシアで、恋愛のイニシアティブを握る女性を造形したのは、挑戦的で映画としての飛躍を果たしている。そして何よりも、多民族国家のマレーシアを舞台に、人種や立場を超えて、互いが赦し尊重し合うという根底にあるテーマが、現代により強く訴えて来る事があるだろう。エバーグリーンな初恋の瑞々しさと、時代を経てより意味を増す、社会性を共存させた傑作だ。

映画を観る手段は多様化の一途で、数十年後には、現在程、映画館は無くなっているだろう。数を減らした上で、4Dのような体感型のエンターテインメント映画を上映する映画館と、ソフトやネットでは観ることができない、マイナー・マニアックな映画を上映する映画館に、二極化するのではないか。映画館で、知られざる良い映画を観る喜びは永遠に違いない。
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