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ザ・セルのkuuのレビュー・感想・評価

ザ・セル(2000年製作の映画)
3.5
『ザ・セル』原題The Cell
製作年2000年。上映時間109分。
映倫区分R15+
米国SFサスペンススリラー映画。

心理学者キャサリン(ジェニファー・ロペス)の研究所は最先端技術により人の潜在意識に入り精神病を治療する実験を続けとった。
一方、女性の異常連続殺人を捜査していたFBIは、犯人カール・スターガー(マジにヤバそう)とあるビデオを発見する。
ビデオには、被害者の女性がガラス張りの監禁槽(独房=セル)に閉じ込められ、セルを満たす水の中で溺れ死ぬ様が記録されていた。
しかしセルの所在を知るただ一人、スターガーは分裂症発作で昏睡状態に陥っている。
捜査陣は、スターガーの脳に入りセルの場所を捜して欲しいとキャサリンに依頼する。

今作品の映像センス(精神世界は前衛芸術を彷彿させる描き方)に、テンポも善し、編集力(スローモーションなど)もハイレベルで、『精神世界に入り込む』ちゅうだけなら有りそうで、終わりそうやけど、連続殺人犯の精神世界とちゅう発想もカマシてきて~の物語は素晴しい。
連続殺人犯の精神世界は酷く残酷やけど、映像や構図、そして思いもよらないシチュエーションのほとんどが素晴らしい。
勿論、主人公のジェニロペも物語に劣らず美しいし、危険なシチュエーションが似合うねんなぁこれが。
ただ、精神世界を伝えるための脚本って難しいやろけど、それに関してはチョイ脆弱やし、物語を難しくしてしまった感は否めないのが惜しい作品かな。
今の科学じゃ人の頭の精神世界なんて見る事は出来ひん。
せいぜい推測の域を出ないのが現実。それがまして、イカれた連続殺人犯となれば、想像も絶するやろし、理解など不可能やろなぁ。
そんな精神世界の映像化を試みたこの作品はかなり嵌まりました。
やるな監督👍️。

昔者、荘周夢為胡蝶。栩栩然胡蝶也。自喩適志与。不知周也。俄然覚、則蘧蘧然周也。不知、周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与。周与胡蝶、則必有分矣。此之謂物化。

ナ・ナンジャコリャ🥺。
これは荘子ってオッサンの『胡蝶の夢』てヤツなんですが、
愚かな小生が意訳しますに、

昔々あるとこに荘周てヤツがおりましたぁ。
その荘周、夢の中で蝶になっていた。
ヒ~ラヒラ🦋蝶そのものウフっ。
自由自在にひ~らひらと飛び回る事を楽しみ、自分が荘周であるなんて考えもしなかった。 
ところがギッちょんちょん
突如、目覚めてみりゃ🥱、まぎれもなく私は荘周であった。
ほんで考えてみると、人である荘周が夢の中で蝶になっとったんか、それとも自分は実は蝶で、その蝶が夢を見る時に人である荘周になっているんか、果たしてどっちなんか解らなんくなってしまった。
せや荘周と蝶は、形の上では確かに別のものと区別をつける事ができる。
この違いを物化と云う。

人は、今普通に過ごしてるんが現実やと思ってる。
今も夢の中じゃないと云う確信はどこからくるんかな。
隣の人にグーパンチ✊でドツかれたら痛いからか。
夢じゃないかつねってみてって、よく云うけど、小生はつねられた夢を見たことがある。
夢の中じゃ痛かった。
痛いって感覚は、
所詮、脳内で電気的刺激として信号を受けたに過ぎひん。
仮に夢じゃないとして、夢でないことが現実だと誰が証明できるのか。
嗚呼、屁理屈ばかり書きやがってってすいません🙇‍♂️。
こないなことばかり考えてるし寝れない小生であった。。。おしまい。


。。。じゃない。
えっと映画『ザ・セル』の感想が続いてた。
己が生み出した想像の世界と現実世界の区別がつかなくなるのを人は妄想と呼ぶ。
そないな世界は今のところ悲しいかな非合理かつ自己否定的であることが多い。
非合理やと云うのに訂正不可若しくは訂正困難な世界。
現実を合理的だと信じている人には、理解できない世界観かもしれへん。
せやけど、科学が進み人の精神世界に飛び込むことが出来るようになったなら。
楽しいばかりじゃないやろなぁ。
そんな、夢(将来実現させたいと思っている事柄の方)のお話がプロットの今作品す。
猟奇殺人犯の精神世界に入り込み、セル(独房)に監禁された女性の居場所を突き止めようとする。
こりゃ興味深いけど小生なら止めとくかな。
FBIよ!現場100回足で探せって時間がないかぁ。
せやし、今作のジェニロペ演じる主人公キャサリンは無謀とも云える意識不明の殺人鬼カールの精神世界に入り込まざる得ない。
『インセプション』や『マトリックス』で描かれた精神世界じゃ、
精神の死=肉体の死
キャサリンが精神世界の中で命の危険にさらされた時、どうすればよいのかは特とご覧あれ。
kuu

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