あなぐらむ

毒婦高橋お伝のあなぐらむのレビュー・感想・評価

毒婦高橋お伝(1958年製作の映画)
3.7
実在した明治の女死刑囚・高橋お伝を材にした作品。
自分は横浜とも縁があるし、彼女が斬首された市ヶ谷刑務所跡にも既に訪問済み(市ヶ谷刑務所は現在の曙橋の先、市谷台町から余丁町辺りにあった。多くのアナキストもここで処刑されている。開発から取り残されたような気味の悪い場所)という事で興味があった。

タイトルとは裏腹に、本作ではお伝には娘がおり、離縁した士族だった夫が身を持ち崩した果てに育児放棄して死なせてしまう、という筋立てを加える事によって(実際は姉の仇だと主張したそうだ)、彼女は「被害者」であり「復讐者」であったという視点になっている。この辺りが後の「東海道四谷怪談」(これも男に良いようにあしらわれ幽霊になる)へと繋がるのであろうし、中川信夫の女性への目線なのであろう。
お伝は江戸から明治という時代の変革期にあって、男どもの勝手な体制変換、経済変換の前で翻弄されつつ、強かに生きていた女性なのだ。そりゃ相当悪い事もするが、そのひとつひとつには、女であり母でありと理由がある、とこの短い尺の中ではきちんと説明がなされている。

お伝役の若杉嘉津子は華やかな顔立ちの美人で身体能力も高く(和装であれだけ走れる人はそう居ないだろう)、かつとても艶があって、大映・永田雅一のお気に入りだったのも分かろうというもの。母の顔とおんなの顔を使い分ける様も素晴らしい。横浜パートでの徒っぽい博奕シーンや入浴シーンにもゴクリ。

男どもは新東宝らしくゲス揃いだが、中でも丹波哲郎が殆ど台詞らしい台詞もなく、「男なるもの」の面妖さを体現して凄みを見せている。許嫁がいるのに童貞奪われて骨抜きになる官憲・明智十三郎は、お伝の持つ女としてのポテウンシャルを明示するキャラクター。その許嫁・山田美奈子はあまり活躍が無かったようだ。

語り草になっている冒頭の江戸の街のロケセットと人力車のカットバック、移動撮影、随所に使われている俯瞰からの覗き見る構図と、緩急をつけた丁寧な演出は、見る者を飽きさせない。
お伝は横浜で「復讐」を果たす。それは武家社会だけではなく、戦後という男社会へ対するせめて一矢報いようとした女の叛乱だった。中川信夫それ故、斬首の瞬間など映さない。「近代」の象徴である蒸気機関車にに乗せられて、お伝が虚ろに外を眺め去って行く所で物語はエンドマークとなる。スタッフには沢賢介の名前も。若杉嘉津子はこのあと、黎明期のピンク映画に出演していく事になる。

東映の「毒婦お伝と首斬り浅」(牧口雄二)は和製ウェスタンの傑作だが、本作はしっとりと描かれていて、また別の味わいがある。