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(500)日のサマーのkuuのレビュー・感想・評価

(500)日のサマー(2009年製作の映画)
3.7
『(500)日のサマー』
映倫区分PG12.
原題(500) Days of Summer.
製作年2009年。上映時間96分。

ジョセフ・ゴードン=レヴィット演じる男の視点から、愛する人との異なる恋愛観に翻弄される20代のリアルな姿をつづる。
キュートな相手役にはゾーイ・デシャネル。
初メガホンを取ったんはマーク・ウェブ。
監督はミュージック・ビデオ出身らしく、音楽から会話に至るまでセンスのいい。
トムとサマーの500日の出来事を軽快に描くビター・スウィートな米国産ラブコメディ。

建築家を夢見つつもグリーティング・カード会社で働くトムは、社長秘書として入社してきたサマーに一目ぼれをする。
運命の恋を信じるトムは果敢にアタックし、遂に一夜を共にするのだが、サマーにとってトムは運命の人ではなく、ただの友だちでしかなかった。。。

タイトルの『サマー』てのは『夏』のことじゃなく、主人公トムが恋をした女子の名前です。
ほんで『(500)日』とは、彼の恋が『500日間』で終わることを示している。
余談ながら、R指定(米国で)を避けるためか『blowjob(フェラ)』って云うとこのセリフを『humjob』と云ってるのは見逃せない耳を持つ自分が情けない🥺。
監督マーク・ウェブと、脚本家のスコット・ノイスタッターとマイケル・H・ウェバーのコンビは、個人的ではありますが新鮮で実感こもった恋愛コメディをつくったなぁと思います。
今作品は、近年の映画の多くがそうであるように、過去の映画や音楽からの引用にあふれ返っている作品です。
せや、それらは、トムの人格や個性に過去の文化が強い影響を与えていることを示すために使用されてて、トムには、そんな擬似的な経験ではない。
真に切実なんは、自分だけの人生や恋愛の実感がまだつかめていない。
トムを演じたのは映画『インセプション』 のジョセ フ・ゴードン=レヴィット。
トムはグリーティングカード製作会社のライターで、子どものころに観たマイク・ニコルズ監督の青春映画 『卒業』によっ て恋愛観を(いささか誤った解釈ながら) 決定して、愛の力を信じるに至り、音楽好きで、特に『ザ・スミス』を愛聴してる。
そんな彼の確固たる世界観を揺るがし て、圧倒的な存在感で彼の心を席巻してしまう女子が現れる。
サマーを演じるんは、ズーイー・デ シャネル。
恋愛に懐疑的で、常に不可解な言動を見せ、せやからこその魅力を発揮する彼女からは、片時も目を離せない😊。
本作品は、トムの主観からのみ見た恋愛模様を描いた作品で、つまりサマーの心理描写が一切ない。
トムの目に映ったサマーの姿、それですべて。
天真爛漫ご機嫌麗しいときの彼女は、そのように輝き、また別のときの彼女は相手の本質を見透かすような、いわく言い難い視線を向ける。
それに唐突に流される泪の理由を理解することなど到底不可能に思える。
それに 彼女は、愛の言葉をささやくということが一切ない。
結局のところ、サマーが、なんでトムに好感を持ち、いつどうして気持ちが離れたのかは明らかにされへん。
その答えを知るのはスクリーンの向こう側に存在してる彼女だけ。
みずからの恋愛経験を元にして脚本を書いたノイスタッターが云うには。
『目指したものは、ごくシンプルだった。
二人の関係を描いたストーリーで、リアルでいて、おかしく、 ムカつかないものだ。
この映画がその結果だ。
ロマンスの詳細な分析。
半分は自伝で、半分はファンタジー。映画の形をしたポピュラー・ソング。(中略)、悲しくて、変わっている音楽にダンス、 スプリット・スクリーンにナレーション カトゥーン の鳥も登場する。
ないのは、皮肉だけだ』と。
つまり、恋愛の楽しさ、失恋のほろ苦さ、その不可解さを目いっぱいに詰め込んだか本作品は2000年代を代表する失恋映画やと個人的には感じる秀作でした。
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