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どですかでんのkamakurahのレビュー・感想・評価

どですかでん(1970年製作の映画)
4.0
中学2年だった。『トラ・トラ・トラ』騒動以後久方ぶりの、かつ初のカラー作品公開初日ということで、日比谷の今はない千代田劇場に多くが駆けつけていた。フィルム一コマ付き前売り券を購入して、その日を待ち続け、朝から集まるその多くのひとりとなっていた。ふと気づくと、混雑を少し離れてすくっと立っていた背が高く大きな黒づくめの人がいた。黒澤明監督その人だった。緊張しながら近づき、おずおずとお声がけすると、幾つだい、と問いかけられた。呆然として、中学2年ですと応えて、混乱していたのだろう、ポケットにあった生徒手帳を差し出しサインをお願いした。笑顔で快諾してくださり、じゃあこれも、とサイン入りのチラシを手渡された。
『どですかでん』公開初日の遠い、しかし決して色褪せない記憶に刻まれた瞬間である。
オープニングから、その色鮮やかさに圧倒されていた。頭師佳孝、伴淳三郎、田中邦衛、三谷昇、三波伸介、芥川比呂志、どの役者も印象的だった。ストーリーを追うことなく、スクリーンから溢れ出てくる熱量をそのまま享受し映画館を出た。
このたび贔屓の宮藤官九郎が、Disneyでリメイクしたと知って、あの日以来50年以上の時空を超えて配信で見直し、冒頭のクレジットと共に流れる音楽から胸震わされ、音楽 武満徹 という五つの文字に涙が溢れた。それからの140分は夢のような時間だった。古びていない。なんという映像力だろう。公開当時、不評で、結果的に未遂となった自死の引金にも繋がった、という歴史的実際を重ねると深い感慨を有しないではいられない。海外での高評価が先行した、というのも頷ける。黒澤明としては、大きな転機、岐路だった。個人的には見事に、その後の後期の佳作『夢』に繋がる世界観の描出だったなと懐かしい。中学2年では、すべてを的確、正確には理解できなかったろう。それでも、今の自分自身の享受のモノサシの基本を形造ったことは間違いない。ここでの評価点は、往時の印象の強烈さと、それが今もって全く色褪せてないこととをあわせてのものであると理解されたい。が、古いものばかりを良しとする老輩の繰り言では決してない。より多くに、この機会に再鑑賞するよう推奨する。
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