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還って来た男の一のレビュー・感想・評価

還って来た男(1944年製作の映画)
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川島雄三、戦時中の監督第一作。これが意外なくらい端正で軽やかな群像劇の佳篇。最初と最後に現れる見晴らしの良い石段のショット、新聞配達の少年が駆け回り、何故か運動会のマラソン競技に飛び入りした佐野周二が駆け抜ける大阪の街並み、佐野と三浦光子の間を隔てる踏切、風景がどれも良い。偶然に次ぐ偶然を何度も何度もケロリと重ねていく作劇の軽いタッチとテンポは心地よく、そしてマラソンで一等を獲った佐野の名前を読み上げる田中絹代先生が見せるハッとした表情のさりげなくも丁寧な演技演出なんかも素晴らしい。そんな二人が見合い相手として出会い直すエンディングは観ていて囃し立てたくなるムズ痒さなのだが、話がその二人だけに収斂していかないサイドストーリーの豊かさが嬉しい。壁に書かれた「ベイエイゲキメツ(米英撃滅)」の落書きを唐突に映し出すショットなどは内務省の要請なのだろうが、そういった戦意高揚的な雰囲気はほとんど脱色されている。
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