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スキャナーズのkuuのレビュー・感想・評価

スキャナーズ(1981年製作の映画)
3.7
『スキャナーズ』
原題 Scanners.
製作年 1981年。
日本初公開 1981年9月。
上映時間 103分。

デビッド・クローネンバーグ監督が超能力者たちの戦いを描くSFスリラーで、のちにシリーズ化もされたヒット作。
(2022年6月の劇場公開デヴィッド・クローネンバーグ新作映画『Crimes of the Future(原題)』とのビフォアフターとしてのテキストになるんかなぁ。)👇️

『Crimes of the Future(原題)』の予告編勝手にアップしてますがお叱りがありましたら消しますので🙇‍♂️。

https://youtu.be/QVX7df79BNo


浮浪者のべイル(演じるスティーブン・ラックは、現在、俳優としてではなく、多作な画家として成功してます。)は自分がスキャナーと呼ばれる超能力者であることを知らされる。
その頃、もうひとりのスキャナー、レボックがコンセック社の会議場で人の頭蓋骨を破裂させるという事件が起こる。
(余談ながら、頭部を爆発させるシーンの効果は、俳優のラテックスの頭部にドッグフード、昼食の残飯、偽血、ウサギの肝臓を詰め、後ろから12ゲージのショットガンで撃つことで巧いこといっとります)
自らの能力を使って、世界征服をたくらむレボック。女性スキャナー、キムとともにレボックを追うベイルは、やがて自分とレボックにまつわる秘密を知ることに。。。

北斗神拳なら、大体が指か拳で相手の経絡秘孔を突き、体の内から爆発させれる。
例えば、北斗神拳、五指烈弾てのは、掌の下部にある秘孔を突き、全指を破壊する業なんてのがあるが、今作品の序盤、ジム・キャリーも平伏すほどの顔芸とウ◯コ気張るほど息んで、人の内側から爆発させれる能力を見せつけてたが、北斗神拳は欲しい技術だけど、今作品の能力は全くもって要らない、ってか欲しくはないかな。

扨、今作品を分類するとホラーとするのか、SFにするのか難しいですが、折衷案としてSFホラーが妥当かな。
クローネンバーグ監督は、科学的な手法で恐怖を表現しているので、この二元性は理解できる。
ホラーてのは、衝撃を与え、恐怖を与えることである。
SFは、現実の、あるいは想像上の科学が社会や個人に与える影響を主に扱うフィクションの一形態である。
これらの定義を考慮すると、この映画がSFってのが、落ち着き易いとこかな。
しかし、これはクローネンバーグが意図したものではないと思う。今作品がカルト的な人気を博したシーン、主に頭部が爆発するシーンやクライマックスのスキャナー対決を見れば、人間が利己的な利益を追求するために作り得る恐怖を描いたホラー映画である可能性も捨てれんかな。
科学が間違った方向に進んだとき、あるいは間違った応用をされたときに身体が受ける恐怖を表現したかったんやろな。
この意味で、彼はスティーブン・キングのようなホラー・アイコンたちの間で言及されるにふさわしい存在かな。
しかし、他の多くの同業者とは異なり、彼は知性のある脚本を提供し、彼が登場人物に与えた非常に想像力豊かな能力をもってしても、信憑性を作り出していると云えるかな。
今作品では、クローネンバーグが血みどろのシーンに細心の注意を払っているのは明らかだでした。これらのシーンは決して安っぽいスラッシャーシーンとしてではなく、撃たれたり焼かれたりしたときに身体が受ける本当の恐怖を示す機会として行われてて、それは、人が撃たれたときに、肉片が飛び散り、血が飛び散ることでわかる。
少し大げさかもしれへんが、銃弾が入ったところから血が流れ落ちるという、多くの映画で見られるやり方よりも、よりリアルに恐怖を与えることができるんちゃうかな。
もうひとつの例は、キャメロンがダリルと戦うラストシーンで、彼の胸が溶け始めると、赤と白が混ざり合い、彼の血液が体脂肪と混ざっていることがわかる。
もちろん、頭部が爆発するシーンも見逃せません。
頭部が千切れて広がっているように見え、頭部が爆発したときの血液をイメージしてか、血液が濃く見える。
この映像はカルトホラーと云えるかな。
また、今作品では注目すべきはその演技。
まず、ダリルの誇大妄想的な意図に信憑性を与えているマイケル・アイアンサイドの存在。
アイアンサイドの演技は決して破綻していない。
彼は間違いなく、真剣にキャラを演じてる俳優の一人。
自分を利用した世の中に裏切られたと感じ、自分を利用した父親に復讐心を抱く彼は、兄という味方を得ようとする。
兄は自分と同じように搾取されていたため、ダリルはキャメロンと同一視してしまう。
しかし、キャメロンは兄のように憎しみに満ちているわけではなく、ダリルを止めるべき人間として見ている。
その結果、非常に印象的なフィナーレのスキャナーのシーンが生まれる。
スティーブン・ラックは、あまり印象に残らない。
彼の無気力さは、意図的であろうとなかろうと、ダリルの相手としては弱くなるが、彼の演技はこの映画の弱点の1つだと云わざるを得ない。
(自身もそのことを知り他業種に移行したんかな)
偏屈な医者役のパトリック・マクグーハンはいい味出してました。ちょい不満は、彼がRIPEプログラムが完全な現実であるという事実に精神的に苦しめられているように見える部分である。
彼のセリフは、知的な精神がどのようにひび割れるかを示すための透明な試みのように思える。
ローレンス・デインは、ケラーに意図的な不吉な意図を加えている。
彼はコントロールできているようで、やっていることを信じている。
これが彼をより危険な存在にしています。ジェニファー・オニールは、望んでいない戦いに引き込まれたスキャナーであると思わせてくれるが、立ち上がり、戦うしかないことを悟っている。
また、今作品のハワード・ショアによる音楽は、間違いなくこの映画が支持され続ける大きな要因かな。
オープニングの音楽は、迫り来る恐怖を表現すると同時に、映画のSF的な要素を補完する未来的なサウンドを与えてるし、加えて、テープドライブの音は、不吉な内容を明らかにしようとしている不吉な存在のように聞こえる。
オープニングの音楽は、クライマックスのラストシーンで再び使用され、これが善と悪の戦いであることを印象付けているかな。
プロットは豊かで、登場人物に信憑性を持たせるのに役立ってました。
スキャナーの能力の中には信じられないようなものもあるが、それでも物語はスムーズに進み、特にダリルの人類に対する意図が明らかになるにつれて、常に興味深いものとなっている。
以上のような要素を考えると、40年以上経った今でも、この映画が鑑賞に値する作品であることは不思議ではないです(多少笑かしてはくれるが)。
個人的には面白い作品でした。
kuu

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