OPにて、浪曲にかぶせて入ってくる劇伴が耳に残る。座頭市と呼ばれる渡世人の行く末を暗示しているかのような終末的メロディでありながら、同時にごく普通の通俗劇では終わらせまいとするマイナーチェンジへの意識が伺える。どこかいつもと違う。座頭市っぽくないんだ。
光の感触にしても(具体的に指摘できないのが歯痒いけれど)白さが妙な禍々しさを醸す箇所がいくつか。ラストで勝新と大谷直子にかかるいかにも人工的な紫の光も然り。
森繁久彌、三国連太郎は流石の存在感だけれど、脇役があまりよろしくない。眼鏡のおじさんのアップはネタにしか見えないし、湯呑み博奕のシーンで登場する芸人3人組のチャカチャカした身振りが全く映画的でないというか、画面に溶け込んでいる感じがせず。
終盤、三国連太郎一味との殺陣にていくらか溜飲を下げるも、やはり赤ん坊と炎の記憶から第8作『座頭市血笑旅』(64年)と比較してしまうところはある。