櫻イミト

故郷の櫻イミトのレビュー・感想・評価

故郷(1939年製作の映画)
4.0

1938年の製作。ナチスドイツ映画最大のスター、歌姫ツァラー・レアンダーの第三弾。原作はドイツの劇作家ヘルマン・ズーデルマン(「サンライズ」「肉体と悪魔」の原作者)で彼の没後10年記念で制作された。監督はドイツ映画創世記からの長老でナチスドイツ映画界最高のポストに君臨したカール・フレーリヒ。本作はヴェネツィア映画祭最優秀監督賞を受賞し国際的にツァラーの存在を知らしめた。

未婚で子を身ごもり家出した娘と家名の誇りを守る父の、再会と葛藤を描く文芸メロドラマ。ツァラーの歌唱が充分に活かされ、映像も物語の運びも重厚で見応えがあった。ツァラーがダグラス・サーク監督と組んだ前二作(「世界の涯てに」「南の誘惑」)のようなプロパガンダ混入の不自然さは殆ど見られない。大物フレーリヒ監督の特権で自由に制作できたのか。ただ、親子にとって障害となる悪役の退場が少々突然で(前二作と同じパターン)そこだけが惜しい。

ツァラーが歌うのはバラエティに富む4曲。冒頭の主題歌「われは見し三つの星 瞬くを」は本作の受賞で世界的にヒット。「女性は愛を通してのみ美しくなる」は新しい時代を生きる女性のテーマソングのように。「ああ、私は彼女を失った」はオペレッタの舞台で。そして映画のラストを飾るのがバッハの「マタイ受難曲 アルトアリア」。由緒ある大聖堂に響き渡るツァラの歌声。見上げる父親の元に駆け寄った少女が「あれが私のママよ」と誇らしげに告げた時、父親の苦悩は氷解し映画は大団円に終わる。心に沁みる感動的なラストシーンだった。

父親を演じたのは“国家俳優”の称号を与えられたハインリヒ・ゲオルゲ。娘を愛しながらも自分の信念を曲げられない父親を見事に演じ映画に深みを与えていた。(戦争末期まで、政治的プロパガンダ映画を含めてナチス映画の重鎮俳優として活躍したが終戦後ソ連に連行され収容所で餓死したという・・・)。

【物語】
1885年ドイツ・イルミンゲン公国。老大佐シュワルツェは妹フレンツェの家を訪ねていた。愛娘マリーが若い士官マックスと婚約したのだが貧乏で結婚式を開く費用がなく相談に来たのだ。しかし欲深いフレンツェはその金を貸してくれないどころか「娘たちに甘すぎる」と非難する。実は大佐の長女が8年前に家出していたのだ。
街では、領主ルードウイッヒ公自らが指揮をして音楽会を催す事となり、アメリカから 著名な歌姫マグダレーナ(ツァラー)を迎えた。公爵や上流社會の人々から盛大に迎えられた彼女を、大佐の妹フレンツェが一目見て驚く。この有名な歌姫は家出した大佐の長女マグダだったからである。マグダは連れてきた娘をマネージャーに預け、幼友達の(彼女を愛していた)パイプオルガンの名手へフダデインクを訪れた。そして彼の助力を得て父・大佐の許しを得、久しぶりで生家に足を踏み入れた。そこで妹マリーの結婚資金が足りないという話を聞き、マグダは銀行へ二人の為に金を引出しに行くが、そこで銀行の頭取フオン・ケラーの顔を見て愕然とする。この男こそ、数年前にベルリンでマグダを愛し、子供まで儲けながら無情にも彼女を捨て去った男である。その後、彼女はあらゆる 困難を克服して現在の地位を築き上げたのだった。ケラーは再び彼女に近づき金目当ての脅迫を始める。 彼の為に名誉を傷つけられる事を恐れたマグダは、再び故郷を去ろうとするが、ヘブタデインクに慰さめられ励まされつつ、アーティストの闘争心を奮い起してここに留まる決心をした。領主による音楽会の前夜祭、大佐は仲間たちと盛り上がり、皆で雪山へソリを滑らせに出かけ、そこでたまたま出会った少女をソリに乗せてあげた。お互い知る由もなく分かれたが実はその少女こそマグダの娘だった。そして音楽会の日、大佐はケラーから二人の関係を聞いてしまう。マグダに事情を問い詰めると、これまでの経緯と隠していた娘の存在を明かす。家名を重んずる大佐は、マグダがいかにケラーを憎んでいようとも、二人は結婚せねばならぬと説いた。家の名を全うし、マリーと陸軍少尉マックスとの将来を幸福にしてやる為にも、ケラーとの結婚を承諾せよと老大佐はマグダに頼むのだった。しかしその時、意外な事が起った。公金着服がバレたケラーが拳銃で自殺を遂げたのだ。あくる日、フタデインク指揮のもとに、バッハの「マタイ受維」の音楽が大寺院に響き渡り、マグダレーナの歌声が美しく流れた。聞いている老大佐の元に雪山で出会った少女が駆け寄り「あれが私のママよ」と誇らしげに語りかける。大佐には久しぶりで幸福な微笑が浮んでいた。

■「われは見し三つの星 瞬くを」※戦前のパンフより

夜にしろく輝けり三つの星
さはあれど うとましの星影や
此の星に 故郷の面影はなし
われは見し三つの花咲くを
青白き仄かなる気に息吹きたり

想ひぞはせる故郷の懐かしの薔薇
さはあれど此の薔薇に故郷の香りぞなけれ
いづくにか花園ありて
緑なるひともとの菩提樹たてり
その肌にわれ接吻せり
或る夜のしばしの夢に

※父親役ハインリヒ・ゲオルゲは、ファスビンダー作よりも前に作られた「ベルリンアレクサンダー広場」(1931)で主役フランツを演じている
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