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異人たちのSPNminacoのレビュー・感想・評価

異人たち(2023年製作の映画)
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アンドリュー・ヘイは『WEEKEND ウィークエンド』のピロートークが堪らなかったし、これ全編ピロートークみたいな。超超ロマンティックじゃないの…何時間でも観て(聞いて)いられそう。観ながらもう一度観たいって思ったくらい。
大林版ではあちら側とこちら側でゆらゆら揺れる白いカーテンが古典的亡霊映画らしくて良かったけど、本作は窓ガラス。その隔たりはより透明で、自分自身を映し出す鏡でもあった。
アダムが電車で訪れた原風景に、異世界の境目はほぼない。時間の境目もない。夏でもない。邦画版にあった周囲の人間関係も潔く省かれてほぼ4人のみ、アダムの中だけで全部完結してる。それでいい。だってまさにAll of Us、ここにいるのはみんなストレンジャーだから。巨大墓石のような高層マンションやエレベーター、チューブの閉じた密室に、開かない窓。ストレンジャー同士はシームレスに繋がりながら、見えるけど届かない。
両親の死も、AIDSや差別暴力に脅かされ大勢の死と共にあるクィアたちもノスタルジーじゃない。時代は変わったと言いつつ、死者と怯えながら生きた生者の間に隔たりはなく地続きだ。けれど、87年に思春期だったゲイとしてあり得ただろう経験、他者を通じて自己形成する機会が欠落したアダムには恐れだけが残る。死者と対話し抱擁することでその空白を埋めると、独りだった窓に映るのは何重も連なるアダムと、その奥で見つめるハリー。
全裸を見られたくないアダム、現実の姿を見られたくないハリー。途中までハリーの顔を直視させないよう微妙な構図で撮っていて、肌を触れ合わせてもすべて見えることはない。けれど両親に受け入れられた後で、ハリーの顔がはっきり捉えられる。透明な隔たりを越えて。
中と外を行き来し、色んな意味で反復するイン&アウト。クローゼットから出たとしても居場所がなかったアダムは、ハリーを連れて外へ出る(連れ戻すんじゃないんだよ)。そして両親のベッドに潜り込んだように彼の隔たりを埋め、どうしようもない寂しさと空白が満たされる。窓の向こう側に必要なのは迎え入れる場所だけだ。外には大きな満月。マンションにぽつんと灯る明かりと点在する星の光。決して消えない灯りがそこにある。
それにしても、最大限演じても演じ過ぎない(抑えた演技とは違う)キャストの巧さよ。佇まいは中年のまま脆弱な少年性を露わにするアンドリュー・スコットは、触れなば落ちんという全身エモーションの塊だ。父演じるジェイミー・ベルもほぼ説明がないのに背景情報が読み取れるからすごい。そしてまたしても実体の朧げなポール・メスカルよ…。
サントラが自分世代直撃で、Death of a PartyもFGtHもいいけど、The Housemartinsの“Build”がドンピシャでたまらんかった。何より、当時流行りの深いリバーブが映画全体にずっとかかってる感じがすごい。音響の面だけでなくあの親密で濃密な生暖かい湿度と温度に包まれるような、多重録音した残響が密室にボワーッと篭ってるみたいな…しかも若干ファズくて甘い、すなわち映画のウォール・オブ・サウンド!一人の空間に響くビスケットをボリボリ齧る音からしてグッときた。
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