ryosuke

白石晃士の決して送ってこないで下さいのryosukeのレビュー・感想・評価

3.8
 冒頭、圭介の「ビビってる女の子は映える」旨のセリフに、ホラー映画を彩ってきたスクリーム・クイーンという存在は、観客および作り手の暗い、加害的な欲望の視線の反映なのではないかという反省意識が感じられる。実際、本作の主題は、近いタイミングで公開された白石監督の『コワすぎ!』と完全に通じ合うものであった。
 冒頭の圭介とユキの掛け合いがリアルで凄いな。こういう人たちいるなと思う。涙ぐみながら黙り込んでしまうユキと、涙を乾かして塩にして売る云々という、正に調子のいい男のつまらない冗談といった趣の発言をする圭介。実に絶妙なラインで、これ誰がセリフ書いてるんだろうなあ。ある程度アドリブだったりする可能性もあるのだろうか。
 ユキがゴンドラに置き去りにされた後、唐突に静寂が訪れ空気が重たくなる。このリズム感。時間経過を省略しているのか、あるいは場に働く奇妙な力が闇をもたらしているのかを絶妙にボカシつつ、気づいた時には画面は薄暗くなっている。黒い男を探し求めているという設定のもと、正にその怪異が出現する少し前に、逆光によってユキの顔が完全に影に包まれるのが効果的。この辺り、雑なドキュメンタリー風カットの積み重ねの中に潜む繊細な演出によって作品の質を高めているのを感じる。
 自宅でVHSを見るシーン。ユキのショートカットが絶妙な影を生み出し、彼女の顔が不明瞭になることで廃墟でのあの瞬間が思い出されると、ユキは豹変する。包丁を持ち出すまでの流れの緊張感の高まり。ドキュメンタリーでありながらズームで寄っていく映画の嘘は、有害な男らしさの記録への執念に満ちている。しかし、彼女の正当な怒りは「取り憑かれている」ことにされてしまう。
 VHSの中身も迫力があった。これまた調子のいい男と遠慮がちな女性の会話の不愉快さ。清瀬やえこの引き攣った笑顔が実に上手い。不愉快で不躾な男に対しても、困惑しながらも愛想と気遣いを捨てることができない様子を、女性ジェンダーに押し付けられた役割を、まざまざと見せつけられるダイアログだった。しかもこの不愉快さは日常に溢れているものだ。
 圭介とこの男は、「すいませんじゃなくてさ......」という台詞で繋がり、彼らに通底している邪悪さを明らかにするのだが、それに対抗して、シスターフッドの奇妙な接続が発動する。黒沢清作品等を見ていると、カットが切り替わると同時に別世界に転移してしまうという感覚に触れることがあるが、フェイク・ドキュメンタリーを得意とする白石晃士であれば、パンでカメラを振って戻ってきたら全てが変質しているということになるだろうか。女が石を振り上げる姿。足の痙攣だけが画角に収まったダッチアングルの悍ましさ。
 直近の『コワすぎ!』にも出ていた小倉綾乃はその演技のナチュラルさと、こちらがよく知らなかったということから、素人に近い人が素の感じでそのまま出ているのかなと思っていたが、ぶっきらぼうな謎の女に変容している彼女を見て、しっかり女優の方なんだと失礼な勘違いを恥じた。有害な男らしさの告発のために、どういう方法でか分からないが他人の家に上がり込み、ベッドの下に隠れてしまう。超自然的存在なのか否かが曖昧になっている面白いキャラクターだった。ユキがベッド下を覗き込みカラメを(カメラを)見つける瞬間など、ホラー側ではない人間がホラー的に映る瞬間で面白い。
 インタビューシーンは正直失速したし、流石にこれは映画でやることではないとは思った。まあ追及しなきゃいけないのはしょうがないと思うけども。カラメの白石監督に対する脅迫はちょっと笑っちゃう。深刻になりすぎないバランス感覚が良い。
 終盤、あの山を訪れた圭介に何らかの罰が執行されたことは分かるのだが、謎の人物配置とその動かし方が脳卒中に至る因果の流れが全く分からない。これが映画に謎を残している。単純に破滅させる、あるいは単純に更生の道を歩ませるのではないのが重大な問題への誠実さだと思う。ラストショット、暗く歪んでいく画面はホラー映画の余韻を残すと同時に、終わらない自省の必要性を示している。
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