耶馬英彦

ハピネスの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

ハピネス(2024年製作の映画)
3.5
 日曜日のシネコンなのに、観客はひとりだけ、つまり貸切状態だった。しかし190席がひとつしか埋まらないほど、悪い作品ではない。蒔田彩珠と吉田羊の演技は満点だった。

 資生堂パーラーのスペシャルカレーは、食べたことはないが、以前から噂に聞いている。アワビと伊勢海老をその場でブランデーでフランベしてくれる。1人前1万円超の高級カレーだ。カレーマニアなら、一度は食べたいのかもしれない。

 生物は自己複製のシステムである。デオキシリボ核酸の二重らせん構造がそれを裏付けている。そして遺伝子は死を内包している。つまり生物は悉く死ぬ運命にある。しかし立ち止まって考える必要もあると思う。生物はどうして死ぬのか?

 難問は取り敢えず横に置いといて、人は必ず死ぬが、逆に言えば、死ぬまでは生きていると言える。いつ死ぬかなんて、誰にもわからない。人生はまさかのことが起きる。世の中の誰が元日の能登半島地震を予想しただろうか。今日と同じ明日が来ると信じて生きていくしかないのだ。
 とは言っても、たとえば癌のステージ4と診断されたら、大方の人はショックを受ける。医師が余命宣告をすることは滅多にないが、ステージ4で長生きできるとは誰も思わない。癌よりも難病だったら余計だろう。余命を前提にして生きるのは、最初は辛いだろうが、人間はどんなことにも慣れる。
 奈緒と木梨憲武のテレビドラマ「春になったら」では、余命宣告をされた父親と、その娘の日々の過ごし方が描かれていた。遠大な希望を持つのではなく、目の前の小さなことをやっていく。極めて日常的だが、いいドラマだった。

 本作品はほぼ、蒔田彩珠が演じた山岸由茉の台詞で世界観が出来上がっている。中でもコアな台詞は、3ヶ月後に巨大隕石が地球に衝突して人類の滅亡が確定的になったとき、はじめのうちは混乱して暴動や略奪が起きたが、すぐに落ち着いて、変わらない日常を送るようになったという話だ。現実に起きたら、多分そうはならないと思うが、由茉の肯定的な世界観は日常を是とするのだ。
「好き」という発言や行動が多い人と「嫌い」という発言や行動が多い人がいる。世の中には何故か「嫌い」を主張する人が圧倒的に多い。悪口が好きな人々だ。電車の中で聞こえてくる会話の半分以上は、他人の悪口である。なるべく聞かないようにしているが、近くで話されると、どうしても耳に入ってくる。そのたびにうんざりする。
「嫌い」は不愉快で不幸な世界観だ。対して「好き」は楽しくて幸福な世界観である。本作品は「好き」の映画であり、どのシーンにも「好き」が満ちている。まさに幸せな作品だ。
耶馬英彦

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