カテリーナ

ほかげのカテリーナのネタバレレビュー・内容・結末

ほかげ(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

『ほかげ』は戦争が終わり生き残った人々を描く
登場する人物に名前は無い
夫と子供を戦争で失い 壊れかけた家で
身体を売って暮らしている女
空襲で家族を亡くし盗みを働らく少年
そして元教師の帰還兵
後半に少年と旅をするある目的を持つ
もう一人の帰還兵

前半は女の家にいつの間にか居着いてしまう帰還兵と少年の束の間の暮らし
戦争のトラウマ 銃を発砲するような突発的で短く乾いた音に敏感に反応する男引きつり恐怖を露わにする
まるで目の前に銃を突きつけられてるように身体が固まり声にならない音を発する 実際に起こった事を映像に見せられるよりも 観客に果てしなく想像力を働かされる 最も有効的な演出である

その描写に戦争の齎した取り返しのつかない心の傷の深さにハッとさせられる
「戦争は終わったんだから」
私の思考は余りにも安易だった
当の本人は勿論、
戦争に行かなかった女や子供さえも
その地獄はこれからも続いていくのだと思い知らされた

戦場で生きて帰れたらまた教師に戻ると教科書をお守りがわりに持っていたと
少年を相手に簡単な計算を教える 
そんな二人を見守る女
はじめは警戒していた女だが 少しずつ
心がほぐれていく キュッと閉じていた口元に微笑みがもどる
しかし 幸せな時間が過ぎた後訪れる
不幸 それは約束されたことのように
戦場で壊れた帰還兵の心の亀裂に灯った嫉妬の炎によって突如女に罵声を浴びせ乱暴しようとする 抵抗する女をなぐる
男の一旦外れたブレーキはもうコントロールを失い 欲望の塊となって女を襲う
一見良い人に見えた男の本当の姿が
恐ろしくも悲しい
正しいことを教える筈の教師の
変貌した醜さと心の弱さを
少年は鋭い瞳で見抜いている
矢のような視線に耐えられず男は子供にも手をあげる 凶暴さに拍車がかかり
窓を突き破って少年を投げ飛ばす
女の静止する叫びも男の耳には届かない
片時も離さなかった袋の中身が
狂った男を一瞬で沈黙させる
やがて女は少年に依存する
暴力を振るった後の男はじっとして動かなくなったと少年が告げる
最早少年の存在は女にとって
必要なものに変わった
「帰ってこなかった夫と子供の代わりに神様が与えてくれた」と
身体を売っていたせいで感染する病を患った女が追い出した後戻ってきた少年に襖越しに叫ぶ

「悪い人になれなかったから
帰ってこれなかったんだね」
少年は多くを経験し物事が分かるようになってしまった
身体は少年のままなのに

少年が銃を持っていると知ったもう一人の帰還兵には目的があった
上官の命令で捕虜の無意味な銃殺を実行できなかった親友を撃ち殺さなければ
ならなかった無念な想いを抱え
まだ終わらない戦争と戦っている
女性の声のような呻き声が聞こえる方へ
足が向き格子戸をくぐると
泣きながら狂ったように独り言を呟く男
食べ物を運ぶ女の手を掴み
縋るように何かを訴える男の
じっと目を見る
長い間お互いの存在を目で確かめる
動かない手ではない方でその男の頭に掌を乗せる まるで悲しみを吸い取ってるように見えた
その場面が胸を刺す

その帰還兵の目的の一部始終が少年の眼に映る
傷痍軍人が集うトンネルの中
女を襲ったあの元教師が石のように座っている
視線の先に教科書を置く それでも男はぴくりともしない
教科書は男にとって希望だった筈だ
少年が去った後その教科書を手に取るだろうか
女にとって希望だった少年は
女が最後に残した言葉を闇市で実行する
少年が女から学んだことは
愛だ
その愛を成長した少年が育むことが
女の本当の願いだった
銃声が風化する 
その音を少年は確かに聞いていた

キャストが皆素晴らしい
間違いなく私の今年ベストの作品。
カテリーナ

カテリーナ