銀色のファクシミリ

月の銀色のファクシミリのレビュー・感想・評価

(2023年製作の映画)
4.5
『#月』(2023/日)
劇場にて。実際にあった衝撃的な事件を元にしているので、「凄かった」と綴るのは適切でないと思いますが、あの事態にどう至ってしまうのかという緊張感が物語を支配していました。コップに満ちた水は、表面張力でギリギリ保っているだけのに、その揺れる水面を見続けるような144分。

あらすじなしで感想。「○○すべき」と声高に問題提起するか、事態を淡々と描くだけで観客に解釈を委ねるかと思っていましたが、そのどちらでもなく「犯人の言い分」という問いかけに、作品内で三つの回答を提示したと思えました。主人公が言語化するのではなく、作品全体で示しているのが良い。

主たる四人の登場人物は、それぞれ辛い思いを抱えていて、それを忘れることも拭うことも出来ずにいる。その辛さは、四人それぞれの「現実」からもたらされていて、彼らを打ちのめす。繰り返される「これが現実ですよ」という呪いのような言葉。

現実は変わらない。直視しようが無視しようがそのままだし、過去の出来事はもちろんやり直せないし、現在のことでも自分一人ではどうしようもないことも多い。この「現実」というものへの、この映画からの一つ目の答えかと思うところがありまして。主人公の夫、昌平(オダギリジョー)のシーン。

彼が、ある場所で黙々と働くシーンが2回ある。作業はほぼ同じ。でも彼のテンションは対称的。彼の「現実」は変わっていないのに。「変わらない現実」への、この映画からの回答。とても大切なことを示しているシーンだと思います。

また、物語の中盤以降に繰り返される「人の心がない」という言葉。ある人物が「人の心がないのか」と云われるシーンがあるのですが、これも昌平が云うのです。彼が「人の心がない」と思った理由、これも「犯人の言い分」への、この映画からの回答だと思います。人の心がない、とは○○がない人間。昌平の言葉は、奇しくもある人物の「定義」に対する反論になっている。そして、ある人物からの視点だと判るけど、それ以外は語られない、その視点が描かれる意味とは。自分は、これがこの映画からの最後の回答だと思います。ここで感想オシマイ。