よぼよぼのおじいさん

哀れなるものたちのよぼよぼのおじいさんのレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
4.0
ずっとセ○ースしてたな

「原作を読まずにラストがどうのと仰っている方々が並べて哀れに見える, 本物の哀れな気持ちを味わされた私たち, "エーゲ海の奇妙な波"のその後 〜 『Poor Things 哀れなるものたち』」



本音を言えばエマ石本人が第四の壁を超えて客席の方に指差して, 「あんたみたいな哀れで馬鹿で愚かでいかれて腐った性交野郎!」(グレイ『哀れなるものたち』, 398頁)とか言って貰いたかった. 原作だとそう言われたのと同じ気分になるような部分があってその箇所こそが映画には反映されなかったところだから......

映画本編に言及しないのは大変心苦しいですが, 原作を読むのが億劫な方々のために世間一般で言われている「原作だともう一捻りある」が何なのかをネタバレテロしたいと思います. (原作発表から三十余年, 映画公開からもだいぶ経った今の時点で読んでないならどうせあんたら一生読まんだろ)

グレイによる『哀れなるものたち』は, マッキャンドルスと(ヴィクトリアと名乗る)ベラ, そしてグレイの三者による語り手の異なった原稿を著者が作為的に配置した, ポストモダン文学的仕掛け満載のメタ創作になっています.
①:マッキャンドルスの手記(ここを映画化, ただし映画は主にベラ視点)
②:①は現実に起こったことではないと徹底的に批判するヴィクトリア(ベラ)の子孫への手紙
③:グレイによる脚注, ③を参照しながら①を読み進めていくと②に到達し, そこで読者は全員ひっくり返るという構成.

そしてあくまでもグレイは, ベラも実在し物語内の描写も実際にあったことで, たまたま自分は①を発見し編集しただけの「編者」であるという立場をとっています. ②には「①までは事実を捻じ曲げた, 彼の願望が生み出した歪んだ妄想です. 私は橋から飛び降りてもいないしマッキャンドルスを真に愛したこともない. 」と書かれており, ヴィクトリアは軍人との不幸な結婚生活から逃げ出して異形でもなんでもない"真摯な医者"ゴドウィンに助けられ彼の門下生であるマッキャンドルスと半ば強制的に結婚することになった, というのがベラの説明による事の顛末.

つまり本作をフェミニズム的にメタ解釈するなら, 原作ではベラ本人(と言っても書いたのはグレイ)が「あんたら読者もここまで色々とお楽しみなさったでしょうけど, それ全部マッキャンドルスの欲望によって歪められた幻だからね」とご丁寧に説明してくれるところを映画では省いて単純な物語にしたものの, 映画を作っているのは少なからず己のフェティッシュを伴って邁進するランティモスとマクナマラという男性たちであり, その画面を我々観客もブラックユーモアとして全く意図せずに享受することでその構造に囚われている, というアイロニーに帰着させることができます. 勿論監督含めた製作陣はそのような状況こそがこの映画の意義であると承知の上でしょうけどね.

ここではシェリーや19世紀文学について言及する余裕も体力もないことが心残りですが, 原作にあたるもしくは簡素なネット記事を漁れば容易に見つけられるでしょう. それくらいのリサーチ力は持っていてほしいものです.