いち麦

哀れなるものたちのいち麦のネタバレレビュー・内容・結末

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

これまで男性中心の社会が都合よく敷いてきた道理に縛られないのなら、年頃の若い女性の身体を得た純粋無垢な脳はどのように成長していくのだろうか?それは言うなれば長大な時間を掛けたスケールの大きい大胆な実験。その過程と結露を見ていく奇想天外な物語だった。

性に貪欲なまでのベラが人命を尊び貧富格差に憤る姿は人間に生得的なモラルあることを見せつけているようで考えさせる。全てを学び成長したベラの脳が痛烈な反撃を繰り出す最後は一人の女性が解放される瞬間。一度は瀕死の状態となった身体を使った復讐でもあり、存分にカタルシスを与えてくれる。
また、ベラを自由な外界へと連れ出した筈のダンカンが愛ゆえに苦悩する男の情けなさを晒すのに対して、バクスターの後継者となりベラの全てを受け入れるマックスは優しさ一杯の愛で包み込む。最後に見せる彼らの愛の対比が何とも味わい深かった。デフォー演じる天才外科医バクスターの顔は父親に実験されたと思われる跡を見せ、フランケンシュタインの物語を容易に想像させてくれる演出だった。

初めのうちはテーマに何処となく「籠の中の乙女」に通じる要素を感じ、その裏返しを見ているようにも感じたが、最後まで辿り着くともっと普遍的なフェミニズム的主張が強く押し出されていた。ただ、こんな物語でそれを提示するというのは大変ユニークで面白い。

映像では何といってもE.ストーンが赤裸々に見せる奔放な姿は強烈な吸引力。バクスターによって作り出されたキメラたち、凝りに凝った衣装も美術も目を存分に楽しませてくれた。前作で味をしめた感のある、魚眼レンズで撮ったかのような周囲が強く歪んだカット(4ミリの超広角レンズを使用)も強烈だが、茶目っ気たっぷりにピッチ・ベンドを掛けたあの耳に残る劇伴はとても愉快で気に入った。

ただ、自分がY.ランティモス監督に期待しているクセの強い唯一無二のあの毒味は今作更に薄まった印象…ちょっと寂しい。

《先行上映に続き一般上映初日にリピート鑑賞》
さり気ない画にももっと良く目が行き良かった。魚眼レンズ風の歪曲映像だけでなく、特に超広角レンズで撮った画は非常によく良く練られていて感心しきり。例えばアレキサンドリアでの遠景ショット。上は上層階級のお城、下は奴隷たち下層のフロア。上下を繋ぐ階段が崩されている。かつては下からも上がってこられた“道”(手段)が見事に破壊され最早、上から下へ落ちるのみ。落ちたら最後、二度と上がれない…という社会の格差を一瞬の映像だけで表現し尽くしていた。鳥肌。
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