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落下の解剖学のkuuのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
3.9
『落下の解剖学』
原題 Anatomie d'une chute
製作年 2023年。上映時間 152分。
劇場公開日 2024年2月23日。
これが長編4作目となるフランスのジュスティーヌ・トリエ監督が手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で最高賞のパルムドールを受賞したヒューマンサスペンス。 

視覚障がいをもつ少年以外は誰も居合わせていなかった雪山の山荘で起きた転落事故を引き金に、死亡した夫と夫殺しの疑惑をかけられた妻のあいだの秘密や嘘が暴かれていき、登場人物の数だけ真実が表れていく様を描いた。

女性監督による史上3作目のカンヌ国際映画祭パルムドール受賞作。主人公サンドラ役はドイツ出身のサンドラ・ヒュラー。
第96回アカデミー賞でも作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、編集賞の5部門にノミネートされた。

人生を少なからず重ねてきたら説明も理解も正当化もできないことが起こる。
今作品は、どのように自分の主張をし、言葉やレトリックに頼って出来事を理解しようとしているのかを注意深く観察している。
あるいは、我々がいかに言葉や状況をねじ曲げて自分の都合のいいように操作するか、別名『嘘』若しくは『方便』を使うか。
主人公はフィクションの作家。
彼女の云うことのどこまでが真実なんか。
どこまでがフィクションなんか。
今作品は注意深く、観てる側にわからないようにしている。
彼女を信用するかしないんか。
また、弁護士という職業を考えれば、信じようと思う範囲内でしか弁護士を信じることができないと確信する。
結局のところ、彼らの仕事は、自分たちの "味方 "に有利になるような出来事を正確に抽出した描写を提示することだけ。
我々が使う言葉は、ときには心に突き刺さり、相互理解と合意を生み出し、善と真実の名の下に視点を変えることができる。
人里離れた雪山の山荘で、視覚障がいをもつ11歳の少年が血を流して倒れていた父親を発見し、悲鳴を聞いた母親が救助を要請するが、父親はすでに息絶えていた。
当初は転落死と思われたが、その死には不審な点も多く、前日に夫婦ゲンカをしていたことなどから、妻であるベストセラー作家のサンドラに夫殺しの疑いがかけられていく。
息子に対して必死に自らの無罪を主張するサンドラだったが、事件の真相が明らかになっていくなかで、仲むつまじいと思われていた家族像とは裏腹の、夫婦のあいだに隠された秘密や嘘が露わになっていく。
しかし、発言に虚偽の可能性があることを考えると、人はしばしば正直さを犠牲にして言葉を使う。
人の言葉は誠実であることもあれば、意図的に誤解を招くように注意深く作られることもある。 世界全体がこれに依存し、その努力に対して十分な報酬を得ている。
今作品のどの場面で、誠実さと欺瞞のどちらが起こっているんか。
人は他人の発言にどれほどの価値を置いているのか。
今作品には、真実対虚構、信頼対不信、語られる物語、記憶される出来事、尋問や慎重に選ばれた発言によってよみがえる出来事などなど、魅力的な層が含まれている。
しかし、それらは真実なんか。
死んだ男はどないして死んだんか。
主人公は本当に知っているのか。
それとも、知らへんのか。 
云い分を聞いているのは誰なのか。
自分たちとは異なる視点を持っていたり、真実を語る私たちを信用していなかったりする人たちは、私たちの言うことを本当に聞いているのか、気にしているんか。
これは、脚本、演技、撮影において卓越性と優位性を達成した、徹底的に考えさせられる映画といえる。
"何が起こったんか?"
がポイントであって、矛盾してるが、そこがポイントでもない。
おそらく、実際のポイントは、感情や出来事の意味を理解しようと懸命に働き、責任の所在を突き止めるにはあまりにも複雑で、最終的には不正確なままでなければならないかもしれない物事に対して、責任を負わせたいという強い欲求や必要性を感じているということかもしれない。
我々は、都合のいいように単純化された説明や答え(多くの場合、でっち上げやうそ、または方便のもと)を受け入れ、半分暗闇の中で、しかし、自分自身の光をあちこちに照らしながら、人生の旅を続ける。
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