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落下の解剖学のtorumanのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
3.9
創作物はどんな結末にも書き換えられる。

ジュスティーヌ・トリエ監督、夫であるアルチュール・アラリの共同脚本で、カンヌ映画祭でパルムドール受賞、ゴールデングローブ賞で、非英語作品賞と脚本賞受賞です。

ミステリー・法廷劇の形をとっていますが、描かれるのは家族の内面を"解剖"するヒューマンドラマでした。

雪山の山荘で起きた転落事故を引き金に、死亡した夫と夫殺しの疑惑をかけられた妻の関係が露わになっていく…

次々と提出される証拠に、法廷も観客も被告・被害者への印象が次々と変わっていきます。
但し、証拠として出てくるものは、曖昧なものばかり。
どうにでも受け取れる証言
自伝的小説
視覚障害の息子の証言
判定が主観的な印象に左右されていきます。

見せ場のひとつである夫婦の録音された会話の再現シーン。
共働きの仕事・養育・家事分担の不満
同業としてのライバル・嫉妬心
多国籍な家族の言語・居住地の苦労

色々事柄の微妙なバランスが崩れた時…
夫婦生活のなかで誰もが記憶にある諍い。
観ていてかなり厳しいシーンです。

監督・脚本が夫婦だから描けたシーンだと思います。
赤裸々に表現した部分も恐らくあるのでしょう。
2人とも2度と書きたく無いそうです。

映像と音声のズレは、この作品の大きな特徴であり、キモになっています。

前述の夫婦諍いのシーンは、真実に近づく終わりの部分は音声だけとなり、想像に委ねられる余白たっぷりのシーン
息子の証言の台詞が父親の口パクと重なるシーン

観客も真実よりも演出による"主観"に引っ張られていきます。
何処までも不穏さが漂う雰囲気も、この作品の帰着点を迷わせます。

主演のザンドラ・ヒュラーは、ジュスティーヌ・トリエ監督と2度目の作品ですが、彼女を当て書きして書いた脚本との事。

真実は何なのか?彼女の表情・台詞ひとつひとつが見逃せない構成。
これに見事に応えています。
更に、ドイツ語、フランス語、英語の3カ国語を駆使した演技。
アカデミー作品賞候補の『関心領域』の主役でもあります。
今後の要注目俳優です。

複雑な要素を緻密に組合せた深みのある作品。
ハリウッドの法廷エンタメとは全く違う、フランス映画らしい何度も味わいたくなる作品でした。
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