九月

PERFECT DAYSの九月のレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.5
観終わって映画館を後にすると、外の世界が少し違って見えるような映画だった。

朝起きて歯を磨き顔を洗って口髭を整え、毎日同じ缶コーヒーを飲んでから公衆トイレの清掃の仕事に車で向かう。途中、神社の片隅でお昼ご飯にサンドイッチを食べながら木々を眺め、木漏れ日を年季の入ったフィルムカメラに収める。担当箇所を全て周り一日の仕事を終えると、いつもの銭湯でさっぱりして、行きつけの大衆居酒屋で食事。夜、布団の中で文庫本の続きを読みながら眠りにつく。
掃除や洗濯をまとめて片付けて自転車で出かける休みの日だってほとんどルーティンのようなものが出来上がっているけれど、ただ惰性で生きている訳ではなくて、自分のリズムで送る整った生活が心地良いのだろうということが伝わってくる。

主人公の平山の職場である東京のトイレ。この映画に出てくるトイレの全てが、建物として芸術的で綺麗なところばかりで、また、掃除してくれる誰かの存在を蔑ろにしたような使い方をする利用者は一切映らないため、実際よりもかなり美化されているというのは否めないが、仕事は仕事と割り切りながらも徹底して取り組む姿勢には共感できる。
ほとんどが自分ひとりで行う作業ばかりで、だからこそ彼は自分のペースで穏やかな心を保ちながら生きていけるのだと思うけれど、他人の迷惑を被ってそれを乱された時に憤慨している様子も頷ける。

会話が台詞にしか聞こえなくて、リアリティに欠く展開も多かったものの、日常のあるある、共感できることがたくさん散りばめられていて小気味良かった。
自分が車で走っている反対側の車線がいつも混んでいるのとか、自宅の近所に空き地ができた時今まで何が建っていたか覚えていなくて思い出せないのとか、こういう私も日常で無意識に感じていたことが地味ながらも鮮明に描かれていたのが面白かった。
平山のようなおじさんって何を考えているのか分からないというか、そもそもおじさんが何を考えているのかなんて考えたこともなかったけど、案外自分と変わらないところもあると思えたのが良かった。

歳を重ねるにつれ、自分にも別の道があったのかも…って思えてきたり、それでも今まで辿ってきた人生が愛おしく思えたり、良くも悪くも複雑な気持ちは一生付きまとい続けるのかもしれないけれど、自分にあった仕事や生き方を知るって何よりも豊かで幸せなことだと感じた。

主人公がトイレで手を洗うシーンが出てくる映画って好きなことが多いのだけれど、主人公の手でトイレをひたすら洗う映画は初めて観た。とにかく役所広司さんの佇まいや表情に、ずっと見ていたいくらい引き込まれた。
九月

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