むかし、箱根湯本の小さな立ち寄り湯に行ったとき、身体を流そうと洗い場に座ると先に湯船に浸かっていたおじさんが「そこは蛇口が壊れてるから隣を使ったほうがいいですよ」と言った。親切な人だなっと思いながら隣の洗い場で頭を洗っていたら、脱衣所からガラス戸越しにおばさんが「あなたぁ、蛇口治ったの？」と聞いてきた。すると、さっきのおじさんが、湯船から「あぁ、今見てる」と言った。驚いておじさんを見ると、おじさんもコチラを見てにっこり笑った。いい笑顔だった。
湯上がりに、休憩所の小さなテーブルでさっきのおばさんが冷たい麦茶を出してくれた。小さなテレビが置いてあって水戸黄門が流れていた。先に座っていたおばあちゃんが「もうすぐ印籠を出すよ」などと話しかけてくるので泊まりのお客さんかなっと思いながら「そうですか」などと適当に相槌を打っていたら、さっきのおばさんがきて「お義母さん、そろそろ寝てくださいよ」と言って立ち去った。おばあちゃんがコチラを見てにっこり笑った。いい笑顔だった。
もう一度行ってみたいが、昔のことでどこの宿だったかも思い出せない。
