ryosuke

首のryosukeのレビュー・感想・評価

(2023年製作の映画)
3.7
 どの役者を見ても濃い味付けの演技合戦が楽しい。荒木村重役の遠藤憲一の、素朴な、どもりがちの台詞回しが見事。彼が刀に刺さった饅頭に喰らいつくシーンは『アウトレイジ』の歯医者を思い起こさせる。そんな村重を陵辱する織田信長を演じる加瀬亮は、全エネルギーを伸ばし棒に乗せながらのやりたい放題。『アウトレイジ』で与えられたインテリヤクザの役と同系統の立ち回りでありながら、『アウトレイジ』での小物感はなくなり、本物の狂人の風格が出ている。という訳で役者を見ていれば退屈しないし、普通に面白い良作なのだが、北野武は大作向きではないのかなとも思う。『ソナチネ』を頂点とした切れ味鋭い編集による繊細なリズムと寂静こそが真価であるとすれば、予算たっぷりの大作ではどうしても大味になってしまうので。あと、若干シーンの羅列感が否めず、まとまりを欠く嫌いもある。
 貧しい庶民の暮らしから武士としての成り上がりを目指し、家族の静止を振り切って家を出た後、帰った時には家族が失われていたという流れは『雨月物語』が意識されているはずなのだが、そこに情緒などは皆無。木村祐一が北野武に芸を見せて認めてもらおうとするシーンなど、芸能界、芸人界でも圧倒的権力者である北野の前でのネタ見せという様相もあり、メタな面白さがある。他方、これに対する北野武の「どうせお前ら死ぬけどな」という台詞の冷たい残酷さには身震いするものがあり、やはり唯一無二の役者だと思う。
 北野武演じる秀吉と黒田官兵衛(浅野忠信)、羽柴秀長(大森南朋)の三人が集まったシーンの掛け合いは、血みどろの戦国椅子取りゲームの中に脱力系の笑いをもたらす癒しの場面になっている。この間だよな。映画の間というよりコントの間なのかもしれないけど。おとぼけ権力者として自分を一段下に置く点に、北野武の芸人根性を見る(吐瀉物!)。秀長の下手な演技を後ろでキャッキャしながら楽しそうに見ているシーンなんてもはや可愛いもんな。
 あと、六平直政はやっぱりとんでもないモンスターだな。完全に場を掌握してしまうので薄味の映画にこのまま出す訳にはいかないだろうが、本作では全然浮いていない。怒鳴り散らしたと思えば号泣し、舌を出す百面相っぷりが忘れ難い。黒沢清『復讐 運命の訪問者』での怪物具合を思い出したり。
 神妙に切腹の準備が進められていく中で、少しでも遅滞すると「早く死ねよ」という「ツッコミ」が入ってしまう感覚。義理人情不在の権力ゲームは人間性の喪失なのだということ。『アウトレイジ』もそうだったが、北野武の目線はそこにまやかしを混入させることをしない。介錯が遅くなり、あれっと死に際に間抜けな声を出した後に死んでいく清水宗治。さらに追い討ちをかけるように首を水中に落とし、部下にあたふたと回収させる。単なる殺し合いを美しくさせるものかという強靭な意志が見える。本能寺の変を中心に置きながら、気づいた時には寺は燃えており、脇役の弥助にあっさり信長の首を切り落とさせてしまうこの思い切り。
 明智が、ごくごく小規模な最後の戦いを見つめる様を微動だにしない背中ショットで示すのはある種の美学であり、下賤の者に首をくれてやるつもりの不適な笑みも見事なのだが、これすらラストカットの前振りでしかなかったようだ。鍛え上げられた刀で首を切り落とすような勢いでエンドロールに突入する切れ味が素晴らしい。明智の死に際の美学は、「きったねえ首」として足蹴にされる。北野武は、そこに些かの誤魔化しも許さない。
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