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アンダーカレントのシネマノのレビュー・感想・評価

アンダーカレント(2023年製作の映画)
4.0
『今泉力哉×傑作原作で生まれた新境地。人を"分かりたい”と想う愛のヒューマンドラマ』

最近、この手の作品は劇場へ観に行くことが少なくなっていた。
ピークTV、ストリーミングサービスによる数多の映画作品への気軽なアクセス。
そうした背景もあり、家にいながら観る(観たい)作品が山ほどあるからだ。

しかし

この時代において尚、ハイペースで映画を作り、そのどれもが質高い今泉力哉監督の作品であって、名作と称される原作マンガの映画化とあれば、自然と映画館へ足が向いていた。
結果、今泉力哉の新境地であり、現代きってのヒューマンドラマの紡ぎ手としての手腕が遺憾なく発揮された傑作であった。

今泉監督といえば、ヒロインを撮らせたらいまの邦画界で右手に出るものなし。
今回は、 真木よう子を中心に据える。
愛する人と、贅沢はないが穏やかに銭湯を営み生活しながら、唐突に失踪(解離性遁走)されて残された女性。
気丈とされる側面と、心に喪失を抱える側面のアンビバレントさを見事に演じ、その魅力を今泉監督はしっかりと捉える。

アンダーカレント。
「(水や空気などの)底流」を意味する言葉は、本作における人に置き換えれば、人間の心の奥底。
肉体や言葉という表層に現れることのない、自己ですら理解しきれていない深層である。
自分でも分からぬことを、いったい他者が分かるであろうか。
…たとえそれが、心から愛する者であったとしても。

いつの時代も、人間とは極上のミステリーであり、映画は幾度となくこのテーマを用いてきた。
本作にも、そんなミステリーがある。
真木よう子が演じる関口かなえの現在と過去の時系列を行ったり来たりしながら、夫の失踪に隠された知られざる真実に迫るミステリー的展開は、今泉監督にとっての新境地のように感じられる。
(このような演出もできてしまうところに、邦画界を牽引する力をまざまざと見せつけられる)

しかし

本作は、そのミステリーを味わうだけの作品ではない。
そのミステリーの先(いや、奥深くと言うべきか)…
自分を、愛する者を、関わりある他者を”分かりたい”と想う気持ち、つまりは人を真に愛することとは、どういうことなのか。
そのヒューマンドラマにこそ、本作の魅力があった。

人の心はすべてを理解することなど到底できない。
それでも人には、共感(できる/したいと想う)能力があって、他者を愛するという感情まで備わっている。
だからこそ
苦しみや悲しみがあるのかもしれない。
けれど
幸せや喜びもそこから生まれる。
本作はただ静かに、それでいて確かに、そんな心の流れを映し出していた。

井浦新の盤石な演技はもちろんのこと
永山瑛太の演技…限られた登場時間のなか、”人間を分からせてしまう”話し方や間のとり方にはシビレた。
個人的には、【怪物】(23)での演技よりも、こちらに軍配があがる。

▼邦題:アンダーカレント
▼採点:★★★★★★★★☆☆
▼上映時間:143min
▼鑑賞方法:映画館鑑賞
▼鑑賞劇場:恵比寿ガーデンシネマ
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