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ザ・キラーのryosukeのレビュー・感想・評価

ザ・キラー(2023年製作の映画)
3.9
 モノローグ中心の語りの選択によって、濃密な闇に彩られた高品質な画は、主として主人公の所作の淡々とした積み重ねに徹することができる。これは殺し屋の物語に最適なスタイルで、メルヴィル的だというと褒めすぎだろうか。まあメルヴィルのような美点が最も際立っていたのは最初の殺しなんだけども。小気味良い金属音の連なりと運命の瞬間が近づくにつれて増幅する重低音も素晴らしく、映画館の音響で見るべき作品だった(しかしNetflixオリジナル作品故に限定的な公開だが......)。
 主人公がイヤホンで聞いている音楽が、その主観ショットになるとフルで流れ、客観に移るたびに音漏れに切り替わるというのは面白いのだが、最初の殺しのシーン等、少々煩わしい瞬間もある。まあ、バツバツ音を寸断することで劇伴の高揚感に身をまかせないスタイルは、殺し屋という仕事の精神にもフィットしているのかもしれない。孤独な殺し屋がスミスを聴いてるってのもいいじゃないか。
 時折ダレることもあるが、基本的に殺しのシーンは全てシチュエーション、アイデアが楽しい良いものだった。ミスると即座に始まる逃走劇。素早く狭まる包囲網を抜け出すバイクチェイスの焦燥感が良い。清掃員に変装しての侵入、ドアが閉まる秒数のカウント、肺に太い釘を数本ぶち込まれる最悪の死。女が命乞いではなく殺し方について懇願するのが、プロの世界の常識にどっぷり染まっている感じでいいね。死ぬのは分かっている、というね。暗闇で異常にパワフルな敵のパンチがビュンビュン飛んでくる戦闘も見ていて楽しい。割れたテレビ画面に押しつけられる身体、キッチンを貫き体を掠めていく銃弾と共に発動する耳鳴りのような音響、ドアを貫通する銃弾、即死したご主人様に残された匂いを確認して一直線に向かってくる番犬の怖さ、的確な火種の投擲。そんでティルダ・スウィントンって女殺し屋をさせるべき人だったんだな。確かにそうだなと納得した。生身の人間がギリギリ出せなさそうな品を放つティルダとの最後の晩餐が粋で良い。最後のセリフは「立たせてよ」。
 淡々とモノローグでプロ意識が語られる一方、最初の殺しから失敗スタートで、釘を打ち込まれた弁護士は想定よりも早く死んでしまい、パワー系殺し屋宅ではモノローグにタックルが割り込んでくるんだから、どうも間抜けな印象はある。これって、フィンチャーは真顔で冗談を言うタイプってことでいいのかな?
 あまりに短い終章の処理が良かったなあ。打って変わって嘘のように明るい光に包まれた夫婦の光景、今にも仕掛けられた爆弾でも発動しそうな焦燥感のある音響。プツッとエンドロールに切り替わる手つきに肝が冷える。ラストカットが暗転する一瞬の間に、確かに死の運命が見えた気がするのは、主人公の主観ショットに伴っていたはずのスミスの曲が真っ暗なスクリーンに重なるからだろうか。切れ味鋭い終幕だった。
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