九月

ザ・キラーの九月のレビュー・感想・評価

ザ・キラー(2023年製作の映画)
5.0
全能感とでも言うのか、フィンチャー作品を観た後にしか味わえない満足感がある。
一番好きな監督の、初めて映画館で観る新作、今は観終えてしまって寂しささえある。

原作があるということをタイトルバックで初めて知るがストーリーやプロットはこれまでにないくらいシンプルなものに感じられた。
主人公の周到さや、口数や表情の動きの少なさ、身につける物や持ち物なども無駄なものは全て削ぎ落とし、研ぎ澄まされているよう。洗練されたかっこよさが画面の中にずっとある。

緩急がつくる渦にいつの間にか巻き込まれていくような、あの感覚が本当に贅沢だった。序盤はとにかく何も起こらない。その時はなかなかこない。もしかしたらこのまま殺しの瞬間は一生こないのではないかと思うくらい。
無機質なモノローグに、『ファイト・クラブ』を思い出すような殺しのルールを再三聞くことになるが、主人公に対してだんだんと親しみを覚えていってしまうのが不思議。失敗しない完璧主義の仕事人、程遠い存在に思えていた彼が向かう行く末。たったひとつのミスにより立ち返ることになるその過程。まだ少しのんびりした気持ちで眺めていた序盤から、急激に心拍数が上がり、また緩やかに世界に溶け込んでいくまで、流れるように進んでいった。最後に漂うのは悲哀なのか解放感なのか。

笑えるとまではいかなくても、ふとした可笑しさがさらりと差し込まれていたり、冷徹で冷酷な主人公も案外私たちのような普通に働いている人と変わらないところもあると感じられたりするのが好き。
武器や証拠となるものなどを捨てて捨てて捨てまくって、スマホを踏みつけぶっ壊す。都合の悪い人間は排除し、名前や素性を変えれば誰にだってなれる。私も、仕事や社会、その中での人間関係に対してそんな風に挑みたくなる。

いつもみたく会話の量が多すぎて追いつけない、とかはなかったけれど字幕で不明瞭な点がいくつかあり…でもこの早くもう一回観たくなる感覚も含めて愛着が湧いている。
(フィンチャーは、字幕版で観た時の字幕の文字数や見え方まで管理しているとの記事を見かけたが、だからなのか?他言語の翻訳にも注文が入っているのかは分からないけれど…不思議な言葉がいくつかあった。配信でまた確認したい。)
九月

九月