ねまる

フェイブルマンズのねまるのレビュー・感想・評価

フェイブルマンズ(2022年製作の映画)
3.7
サミーのカメラに映ったもの。
まずは恐怖を映した。
映画で観た、自動車と汽車がぶつかるシーンを再現することで、恐怖から脱しようとした。
そのための手段として母はカメラを与えた。
何度も何度も、その光の中に収めてしまいたかった。

自分は答えが出たから、その答えを共有したくて映画を撮るというより、自分が分からないから、それを映画にすることに原動力ってあるのかも。
巨大なサメも、シワシワの宇宙人も、蘇る恐竜も、みんな想像は出来る恐ろしいもの。
それを光の中に。

そこに演技を映した。
友達に演技の指導をするとき、この役は悲しいんだと感情で伝えるのではなく、状況だけを説明し、どんな感情か、考えさせるというのが印象的だった。
実際には存在していない感情を、映画は存在させる、カメラに映すことができる。

次に家族を映した。
ファミリームービーの延長線、回して、回して、回して、見返したら自分の目に映ったものと同じように、楽しい思い出が映っていると思ってた。
カメラが映すのは、自分が映したいものだけじゃないんだと気付いた。

そして、悪意を映した。
悪意がある相手を取った、ちゃんと悪意が映った。してやったり。
喜んでくれるだろうと思って演出した、本人は怒った。良かれと思ってやったことも、演出と本人の意図が違うと噛み合わないこともある。

一言で映画を撮るといっても、色んなものが映ってしまう。意図したもの、意図しても映らないもの、意図しなくても映ってしまうもの。
撮るって"Shoot"撃つって意味もある言葉だからね。

そして、サミー本人が意図しようが、しまいが、そこには彼の芸術、彼にとっては映画を愛する気持ち、同時に家族を愛する気持ちがちゃんと映っていた。

サミーを演じたガブリエル・ラベル
感情的で魅惑的な母を演じたミシェル・ウィリアムズ、彼女を笑わせるセス・ローゲン、姉妹たち。
そして、ポール・ダノがはぁ、これは、素敵すぎる。

水平線が下にある画は面白い、水平線が上にある画も面白い、水平線が真ん中にある画はクソつまらん!
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