「小河選手との出会いはいつですか?」(インタビュアー)
「2年位前ですか、女の子だからダイエット目的とか健康目的とかそう言うことかと思ったんですけどね。
ものすごく熱心でね、ボクシングの基礎みたいなもの荒削りだけどできていたんですよ。
毎日通ってくるし、男顔負けの練習量だし、だから『もしかしたらプロになりたいのか』って聞いたんですよ。そしたら『はい』って。
それまで声聞いたことなかったんですけれど、初めて『はい』って・・・」(会長・惠子の2戦目直後のインタビュー)
小笠原恵子さんの自伝『負けないで!』を原案に作られた映画です・・・。
テレビが大画面になり、より綺麗な映像が求められるようになって、昔のゲームや映画は観るに耐えられないひどく荒れた映像になってしまい、昔の映画はリストア・デジタル化が必要になり、雨や槍が降っているかのような大きな傷や痛みも取り除かれ、肌と景色の境目がぼんやりしていた映画まで、輪郭が明確になり、黒くぬりつぶした様な背景は本来そこにあった物まで見えるようになり、空は限りなく青くなり・・・。
デジタルカメラが普及し始めた頃「デジタルカメラは全体的にピントが合うために写真の奥行きがなくなる」と言われていた通りに、修復された映画は奥行きを失ってしまった気がします。
旧い映画をシャープな輪郭で観ることができることには感謝するのですが、フィルムの厚みのある表情や醸し出される重厚な雰囲気が映画を観た満足感を与えてくれていたと思いませんか?
こんな時代に、果敢に16㎜フィルムの映画を撮る監督がいるなんて・・・。
ワイドショーの舞台挨拶の報道で笑顔のかわいらしい岸井ゆきのさんが気になって事前情報なしで観始めたのですが、家内が「昔の映画なの?」と、「違うよ去年くらいかな?」と応えると、早速ネット検索した家内が「16㎜フィルムで撮ってるらしいよ」と、教えてくれました。
恥ずかしながら、岸井ゆきのさんを見ることに気をとられ気にも止めていなかった「不覚」です。
この映画の映像には、最近の映画界が失くしてしまった映像の深さとざらついた感覚があります。
歴史の旧いボクシングジムの暗い片隅や画面の四隅に何があるかなんて関係ないのです。それどころか最近の見慣れたシャープな輪郭はこの映画にはないのです。
16㎜フィルムの選択は決して明るくはない内容に深みをだす相乗効果がありました。
生まれつき感音性難聴で両耳が聞こえない小河惠子は、レフリーの声もゴングもセコンドの声も聞こえない中で、2019年にプロボクサーライセンスを取得し、デビュー戦を1ラウンド1分52秒KO勝ち、2戦目はフルラウンド戦い沢山のパンチを貰いながら判定勝ちを収めます。
会場で観戦し、晴れ上がった顔面を見た母親はハンディの中で「プロになっただけでもすごいことだからもう十分じゃないの」と引退を勧めます。
戦後からの老舗ジムの会長は癌を煩いジムを閉める決意をし、ジムの練習生を知り合いのジムにお願いします。
ハンディのある惠子は受け入れ先がなく、会長達がやっと交渉にこぎ着けたジムは惠子の家から遠く・・・。
ボクシングをやめる決意をした惠子は、訪ねたジムで惠子の試合のビデオを熱心に見ている会長を見て再びボクシング熱を感じるのですが、会長は癌に倒れ・・・。
会長の病気、ジムの閉鎖、母の反対・・・惠子は荒川ジム所属の最後の試合で敗れてしまいます。
ジムは閉鎖となり惠子は荒川の土手で偶然、試合に負けた相手に声を掛けられ・・・。
惠子を取り巻く人々が筆談と手話で話すのですが、ジムの会長夫婦(三浦友和・仙道敦子)は口話なのが何故か温かな印象で残ります。
映画は「こんなところで終わるの?」という惠子が走り出すシーンで終わるのですが、エンドロールは荒川の風景と喧騒が流れ、最後に微かな惠子の縄跳びの音が聞こえ惠子のボクシングが終わっていないことを想像させます。(自伝の小笠原恵子さんはプロ戦を4試合こなしているようです)
期待していた岸井ゆきのさんがニコニコしているシーンは少ないのですが、このニコニコした顔はまさに小河惠子のニコニコした顔でした。
会長がインタビューで小河惠子のことを「人間としての器量が良いんですよ。素直で率直で・・・」と語るのですが、それはきっと岸井ゆきのさんのことなのですね。
無言で表情で演技する岸井ゆきのさんは圧巻、器量(技量)を感じる映画でした。