真一

あんたの真一のレビュー・感想・評価

あんた(2022年製作の映画)
4.0
 好きな異性がいても、もともと性欲がないため、相手を性的な対象としてみない人がいます。こうした人々は「ノンセクシャル」と呼ばれ、LGBTを含む性的マイノリティの一つに位置付けられるようです。

 ノンセクシャルに属する人は、好意を抱いた相手の性的な誘いに応じないため、セックスを拒否されたと受け止めた相手の強い怒りを買うケースが多いと聞いた。「あなたは私をバカにしているのか」と。だからノンセクシャルの人は、恋愛感情を抱くことを恐れ、生きる希望を見失いがちだとも言われる。

 本作品は、こうしたノンセクシャルの主人公の「彼」(千葉雄大)と、ノンセクシャルに近い感覚を持ちつつも性的マジョリティとしての人生を歩み出そうとする「彼女」(伊藤沙莉)の心の機微を描いた良作だと感じた。

 心に刺さったのは、好きな人ができたと言ってのろける彼女の前で、どんどん落ち込んでいく彼の悲しげな表情だった。キャンプ場でビールを飲みながら、好きな人への思いを「包容力があり、一緒にいると安心するんだよね」と嬉しそうに説明する彼女に対し、不機嫌そうに「僕のことなんて、どうでもいいんだろ」と吐き捨てる彼。

 彼女からすれば、いい人だけど言い寄ってこない彼と男女関係を築く選択肢はなく、別に恋人を見つけざるを得なかったわけだが、ノンセクシャルの彼は「自分は完全に捨てられた」と受け止めたのだった。これに対し、彼女は「どうして、そういう言い方をするの」と声を震わせる。彼女が、彼への想いをあらわにした瞬間だった。すれ違う2人の思いが切ない。

※以下、ネタバレを含みます。

 本作品では、彼と彼女のやりとりは、ショットバーの雇われ店長(沖田修一)が趣味で書いた短編小説の一幕だったという設定。この小説を呼んだ女性客(YOU)が、店長に語る。「この2人の関係をどう呼ぶかって?名前なんてどうでもいいじゃない」。2人の思いを、いわゆる「フツウの男女関係」を意味する「恋」や「愛」という言葉で表す必要はないという趣旨だった。心に染みる言葉だ。入れ子構造を取り入れた巧みな演出がGood!

 そして最後に女性客が、気弱な店長を優しくハグする。「ハグ、平気になったのね」と女性客。この言葉で全てが理解できた。店長は、ノンセクシャルとして生まれ、誰にも理解されない自分自身を、小説の中の「彼」に投影していたのだった。

 本作品は、夜のキャンプ場で、楽しそうに線香花火に興じる2人の姿をラストシーンに据えています。傷付け合った2人が、どういう経緯で仲直りしたのかは分かりませんが、誰にも明かすことができない彼の「秘密」を、彼女が察知し、受け入れたことを描いた場面ではないかと推察しました。それぞれの2人に、それぞれの絆。そんな心の絆の大切さを、この作品から教わった気がして、目頭が熱くなりました。
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