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Bros(原題)のchunkymonkeyのレビュー・感想・評価

Bros(原題)(2022年製作の映画)
5.0
 映画史上最高のラブコメ!メジャースタジオ初のゲイの恋愛映画だとか、アカデミー賞の有力候補だとか、キャストが全員LGBTQ+*だとか、そんなことは大事だけどどうでもいい。いやぁ、笑った、笑った。いやぁ、泣いた、泣いた。そしてとてつもなくキュートでスイートな恋模様。でもロマンチックなだけじゃなくちゃんと社会と向き合い力強いメッセージを発する。「ラブコメ」というジャンルの新たな可能性を切り開いた作品だと思います。gofobo×AMCの試写イベントにて観賞しました。

 主人公はポッドキャスターやLGBTQ+活動家としてマルチに活躍する"cis white gay (受賞)"のボビー40歳。"ゲイとして"プライドを持って賢く正しく生きることばかり考える彼は、ある日クラブで"男として"のクールさに固執しゲイであることにプライドが持てないイケメン弁護士のアーロンに一目惚れをします。

 全くタイプの異なる二人の共通点は「恋人なんていらない」と思っていること。互いのことが好きで仕方がないのに、一緒にいるとどこか自分が幸せなゲイ人生を送っていないことを相手に指摘されているような気がしてつらい。一筋縄ではいかない二人の恋の行方は...

 あらすじからも想像できるように、一つ一つのシーンやその展開は非常に古典的なラブコメのそれ(=結局、冒頭の"Love is love" by ストレートの大物プロデューサー は正しいじゃんというオシャレな皮肉!)です。しかし、そんな場面でのありきたりなセリフには、紛れもなく"本物の魂"が感じられ型にはまったものを見せられている感はゼロで、心にずっしり響いてきます。

 笑いのセンスも冴えわたっている。いわゆる"ゲイネタ"が心地の良いテンポでガンガン繰り広げられているのですが(+画面にもぎっしりネタが仕込まれてます)、世界中で繰り返しテスト上映されただけあって、"We had AIDS, they had GLEE"のようにマニアック過ぎずかつストレートにも媚びない絶妙なバランス感覚が素晴らしい。そして、忘れてはならないのは、ボビーを演じるビリー・アイクナーの顔芸・声芸!もう、抱腹絶倒間違いないです。

 マニアックではないと書いたものの、映画やテレビ、出演俳優の経歴やゴシップなどエンタメの知識はある程度あった方がより楽しめると思います。映画で言うと古きは「ユー・ガット・メール」、「ナイト・ミュージアム」とか新しいところではなんと「ディア・エヴァン・ハンセン」「パワー・オブ・ザ・ドッグ」をディスってみたり。テレビについても「ウィル&グレイス」、「シッツ・クリーク」から「クィア・アイ」まで多彩です。元NFL選手のColton Underwoodのネタもありややネトフリ偏重かな。

 セリフに"本物の魂"が感じられると上で記載しましたが、これは脚本の巧みさはもちろんですが、ボビーとアーロンの役どころに役者本人のキャラクターや経験が反映されているのも一つの要因だと思います。ボビーを演じるビリー・アイクナーは人気の冠番組"Billy on the Street*"での街頭インタビューを通してゲイである自分がどう周囲からみられているのかをやや自意識過剰に考察し続けているし、アーロンを演じる保守系Hallmarkのラブコメの帝王ルーク・マクファーレンは、リアルでGarth Brooksが好き+私生活でカミングアウトしていない男性との交際に苦労している様子が何度も報じられています。

 ラブコメの中に全く違和感なく上手に社会的メッセージを強く出しているのもこの作品の特筆すべき点です。「ゲイが自分らしく生きることをいかに社会が邪魔をし、それがいかに不健全なことであるか」「なぜ子供の頃からLGBTQ+について教育することが必要なのか」「LGBTQ+を受け入れるかどうかは人々の自由だという考え方がいかに間違っているのか」などなど。あくまでラブコメという枠を崩すことなく、LGBTQ+ミュージアムを建設するというサブ・プロットも巧みに使いながら、他のどんな社会派映画よりもこれらの問いに説得力のあるメッセージを発しています(全く反論の余地がない主張の完成度、やはりLGBTQ+が専門の学者さんが入っているらしい)。だからといって説教くさいことは全くないです。

 予告編からは想像できなかったのは泣けたり胸が締め付けられるシーンが多いこと。プロヴィンス・タウンのビーチでの独白やミュージアム完成のスピーチなどはもちろん。ステロイドに酔った勢い(?)でジムの野郎とヤッちゃう(シャレじゃないよ)場面、声芸で散々遊んで明らかにふざけたコメディ場面なのに、ボビーが相手にするたった一つの質問で彼の内に秘める不安や恐れがグサッと刺さっていきなり泣かされる。

 ラブコメの基本も忘れていません。とにかくロマンチックで心がとろけそう。この映画を観てボビーとアーロンの二人が幸せに結ばれてほしいと思わない人はいないのではないでしょうか?そして誰もが自分もこんな素敵な恋をしたいと思うはず。この映画の出来の良さはLGBTQ+のコミュニティにとって勝利なのはもちろんですが、ラブコメという映画のジャンルにとっても大きな勝利だと思います。

 脚本が神レベルに作りこまれてる!冒頭のたった数単語でボビーの信念と彼がアーロンと恋に落ちる背景を完璧に説明してみせたり、ほぼ全てのアホなジョークが少し離れた別の場面とリンクして深~い意味を持ったり。とにかく緻密な職人芸でまさに芸術の領域。

 例えば、アーロンの弁護士事務所の顧客の癌で余命わずかのおじいちゃん。遺産相続を誰にするか、子供「おらん」配偶者・パートナー「おらん」他親戚「おらん」友達「"もう"おらん」。じゃあふっと頭に浮かんだ人物にしては?に対するおじいちゃんの答えで劇場は爆笑の渦に。
 
 このジョークでこのおじいちゃんがLGBTQ+の一員とわかり、勘が働けば友達「もうおらん」の意味が腑に落ちる。が、ちゃんとダメ押しでプロヴィンスタウンの宿泊先を案内してくれた元イケメンが友人はみんな(AIDSで)亡くなり自分だけが生き残ったと話す場面で、おじいちゃんの事情もそういうことねとなる。

 制度上家族を持てず、AIDSで友も亡くし差別で誰も寄り付かず高齢になり末期癌で孤独に死を待つ老人。そんな彼と彼の生きた社会背景に思いをはせれば、なぜ映画の中でボビーがしつこくLGBTQ+の状況改善が「遅すぎる」と繰り返すのかも納得できます。

 寄付をお願いする大物プロデューサーのローレンスのミュージアムの一件ふざけたギャグ的提案も実はすごく的を得ています。ボビーの仲間はみんなミュージアムに楽しい企画を提案をするのですが、ボビーにとってこのミュージアムのコンセプトは苦労して道を開いたLGBTQ+の先人の歴史を語ることです。ちゃらんぽらんなローレンスが実は唯一彼の考えを一瞬で理解しているし、さらに楽しさを求める人々の考えも折衷してみせた。そりゃあ彼は仕事で成功するよね。

 合言葉は"Hey, what's up!"。そういえばウチの職場の上司の挨拶も常にこれ(笑)。いつも礼儀正しいのは日本人のよいところですが、こんなカジュアルで"bros"な挨拶をすると温かな人間関係が生まれ、ひょっとしたら運命の人に出会えるかもしれませんね。

 あまりにも素晴らしく、NYの道の撮り方、代理家族、緻密な人物設定、芸の細かい脚本(2~3回目鑑賞で深~い発見がいっぱい!)、Xmasディナーなどの名場面とかまだまだ書きたいことはあるのですが、すでに長すぎなのでこの辺で。また、公開時には複数回観に行くし(追記:すでに3回みちゃったw)、円盤も必ず手に入れたい最高の作品でした!おススメです。

予告編:https://youtu.be/BQIeBB9XMe8

*Billy on the Street, BROSの宣伝 with ポール・ラッド
https://youtu.be/-CP_FQJa8rc

*カメオ出演は例外
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