春男

生きる LIVINGの春男のレビュー・感想・評価

生きる LIVING(2022年製作の映画)
3.8
『生きる』は「生きろ」。
黒澤明のメッセージをカズオ・イシグロがイギリスを舞台にいま再び観客に届ける。
-------------
まず、このリメイク自体について言えば佳作というところだと思う。
作家の演技はやはり原作の方が光っていたし、ビル・ナイは(これは彼にはどうしようもないことだが)些かカッコ良すぎる。
また、現代版として作るのは多くの困難を抱えるだろうがそのチャレンジをクリアしていればもっと輝けた作品でもあったかなと思う。

しかし自分にとっては、原作がマイ・オールタイム・ベストに入る自分にとっては特別な鑑賞体験だった。
『生きる』は人間の美徳を描いている。そして自分はその美徳を信じたいと思っている。
さながら劇中の彼にとってのあの公園のように、自分の中に『生きる』が置かれている。折々その場所を磨き直してはまた再び命を燃やすのだ。
ただ、美徳ということはつまり現実との絶え間ない折り合いもまた意味するわけで…
そういった日々の中で本作を観て、自分と同じようにその美徳を信じたいと思っている人が当たり前だが世界にもいるのだということを実感できた。『生きる』に多少なりと積もっていた埃を払うことができた。
真っ暗な劇場の中に打ち上げられた「私たちはここにいるぞ」という同志たちのまばゆい照明弾の光景を忘れることはないだろう。

この作品との出会いを機に一人でも多くの人が黒澤版を鑑賞し、時代を越えて届く普遍的なメッセージの存在、時代を軽々と越えていく映画の力強さを感じてくれたら嬉しく思う。
春男

春男